ウェーバーの法則

2003.03.03.

「一羽も加わる能わず、蠅虫(ハエ)も落ちる能わず」
太極拳に親しんでいる方にはおなじみの『太極拳経』の一節です。

ウェーバーの法則の由来は、19世紀初頭に遡ります。
ウェーバーはドイツの生理学者で1840年代に人間の触覚に関する実験を行いました。人間が識別できる重さの最小単位を調べたのです。
例えば、100gの重りを101g、102gと少しずつ重くしていったとき、人間は何gで重りが重くなったと感じるのかを調べました。
実験の結果、人間が識別できる重さの最小単位は一定ではないことがわかりました。
100gの重りを101g、102gと少しずつ重くしていったときは、102gで重さの違いが識別できたのに対して、200gの重りを少しずつ重くしていったときは、204gでやっと重くなったことが分かったのです。つまり、元の重さが100gのときは2gの重さの違いが識別できるのに、元の重さが200gのときでは2gの重さの違いが識別できないのです。(なお、この一連の数値は説明のために便宜的に設定した値です
つまり、ベースになる重さが異なると、識別できる重さの最小単位が変わることが明らかになりました。
このことは嗅覚、味覚、視覚などにも当てはまることがわかっています。例えば、色については、コマを半分ずつ白と黒に塗り分けて回転させても、中間の灰色には見えないのです。白色の量を比例的に増加させていっても人間の目には比例的な変化とは映りません。白色の量を増やすときには増加量を大きく増やさないと人間の目には比例的な変化に見えないのです。

ウェーバーの研究をさらに追求したフェヒナーがこの関係を定式化しました。
すなわち、「感覚量は刺激量の対数に比例する」あるいは「感覚量が等差級数的に変化するとき、物理量は等比級数的な変化となる」となります。

S = a × log R + b

S:感覚量、R:刺激量(物理量)、a、b:定数(感覚ごとに異なる値)

この法則は「ウェーバー=フェヒナーの法則」とも呼ばれます。

この数式を平たく言うと次のような表現になるでしょう。
「鉄の棒を持ち上げているときには、ハエがその棒にとまっていても飛び去っても、そのちがいは感じとれないだろう。ところが一枚の羽を手にしているときには、ハエがとまっているかいないかのちがいは、はっきり感じとれる」
これは『フェルデンクライス身体訓練法』の中の言葉です。(やっと冒頭の太極拳経とつながりました、、、)
モーシェ・フェルデンクライスは、1904年生まれのユダヤ人で、パリのソルボンヌ大学で物理学を学び、第二次世界大戦中は英国でソナー(海中で使う探知装置)の研究をしました。ヨーロッパで初めて柔道の黒帯を取得したひとりですが、膝を痛めてしまいました。その後、ヨガや生理学などを広範囲に研究して、独自の身体訓練法(フェルデンクライス・メソッド)を開発したのです。

野口体操の創始者、野口三千三も「ウェーバーの法則」の重要性を指摘しています。
「刺激はできるだけ小さい方がいいんです。その中で違いが分かる感覚を練る方がいい。そうすれば、当然のことに大きい差に対しても違いが分かるようになります」
こちらは『野口体操 感覚こそ力』の中の言葉です。こちらのほうがわかりやすいでしょうか。

自分の動きを追求していくと、最後は自分の感覚だけが頼りです。そして、人間の感覚には「ウェーバー=フェヒナーの法則」が働いています。力が強くなればなるほど、感覚は鈍くなります。自分が感じていることの違いを識別するには、刺激は小さいほどいいのです。
姿勢や運動の感覚は、筋肉や腱からの情報(刺激)に多くを負っています。リラックスすることは、体を疲れさせないようにするだけでなく、感覚を鈍らせないためにも重要です。
太極拳でいう、立身中正(体を傾けない)や沈肩垂肘(肩や腕の不要な力を抜く)、上下相随(肘と膝の位置を揃える)などといった秘訣は、余計な刺激を減らしていくための具体的な提言とは考えられないでしょうか。


フェルデンクライス身体訓練法 『フェルデンクライス身体訓練法』
著者: モーシェ・フェルデンクライス
訳者: 安井 武
出版社: 大和書房
定価: 2,520円(税込)

「感じ取らなければ、ちがいに気づくことはできず、だから当然ある行動と別の行動を見分けることもできない。この識別する能力がなければ、学ぶことはできないし、絶対に学習能力を向上させることもできない」
「細かい力の変化をつかむためには、力そのものがまず小さくなくてはならない。動きのコントロールを改善して、より繊細なものにすることは、感受性を強め、差異を感じとる能力を高めることによってしか実現できない」
(「一般的な問題点」より)

※等差級数………(例)1+4+7+10+,,,(公差=3)
※等比級数………(例)1+3+9+27+,,,(公比=3)

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