筋肉を使う

2003.09.21.

「次の瞬間、新しく仕事をすることのできる筋肉は、今、休んでいる筋肉だけである」

またまた野口三千三(のぐちみちぞう)のことばです。
ここで言う筋肉がする「仕事」とは、何でしょうか。力を出すこと、力を入れること、あるいは、もっとミクロな見方をすれば、筋繊維が収縮することでしょうか。
野口三千三の捉え方はこうです。

「筋肉は、主として骨格の配列の形を変化させ、その変化のさせ方によって、エネルギーの伝わり方・流れ方の性質を決定する」

私たちの身体が外部に働きかけるための「力を出す」ことは、筋肉の直接の仕事ではありません。「力を出す」あるいは「力(エネルギー)を伝える」ために、「骨格の配列の形を変化させ」ることが、筋肉の「仕事」なのです。
では、「力」あるいは「エネルギー」はどこから来ているのでしょうか。筋肉が力を出していないとすれば、他に「力」のもとになるものがあるはずです。

「その仕事のエネルギーは、からだ全体から出た力がいったん地球に伝わり、その反作用として返ってくるエネルギーが、再びからだに伝わり末端に達したものである。まったく一瞬のことではあるがそうである」

ここでいう「からだ全体から出た力」とは、身体の「重さ」のことです。もちろん、胴体部分だけではなく、手も、脚も、頭も含めた身体全体の重さです。
もし地球の重力が突然なくなってしまったら、私たちは地球を蹴る瞬間に生じる反作用力によって、どんどん地球から遠ざかってしまうでしょう。
私たちの身体(の重さ・質量)にはそれだけの「力」(エネルギー)があるのです。
重力で地上に押さえつけられていても、地面からの反作用力は生じています。
私たちが地面を蹴る瞬間に、私たちが荷物を持つ瞬間に、私たちが箸を持つ瞬間にさえ、地面からの反作用力は生じています。反作用力があるから、歩いたり、走ったりできます。起き上がることができます。寝返りがうてるのです。
私たちの身体は、どんなかすかな動きにさえ、地球からの反作用力を受け取っているはずです。
この反作用力が、私たちが「仕事」をするときのエネルギーです。
さらに、野口三千三の分析によると、私たちが「仕事」をするにあたっては、通常は一度に多くの筋肉を使うことはありません。

「力を集中するということは、身体各部の力を同時に出すことではなくて、その動きに最適の順序にしたがって出してゆくことである」

この「最適の順序にしたがって」という部分が「技」ということなのでしょう。目的に適った「順序にしたがって」筋肉を使っているかどうかが、動きの巧拙の分かれ目になります。

「ある一瞬に働くべき筋肉の数が少なすぎることによる誤りはきわめて稀で、誤りの多くは、ある一瞬に働いてしまう筋肉の数が多過ぎることによって起こる」

一度に使う筋肉を少なくする、そういう稽古ができるといいな、と考えています。


原初生命体としての人間 『原初生命体としての人間』(岩波現代文庫)
著者: 野口 三千三
出版社: 岩波書店
定価: 1,050円(税込)

「筋肉は、主として骨格の配列の形を変化させ、その変化のさせ方によって、エネルギーの伝わり方・流れ方の性質を決定する。筋肉は、からだの重さを動きのエネルギーに変換して利用できるものにする役割をになうものである。主エネルギーはからだの重さであり、この重さが地球との作用・反作用の関係によって、動きのエネルギーを生みだすのである。骨格の形の変化を運動と考えるのではなく、このエネルギーをどのようにからだで受容・伝送・処理・反応するかを、からだの動きと考えるのである。骨格の形の変化は動きのひとつの現れにすぎない」
(「第4章 原初生命体の動き」より)

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余談:
野口三千三は、日本ボディービル協会(1955年に発足)が主催した「ミスターニッポンコンテスト」の審査委員長を務めています(第1回〜第3回)。
ただ、すでに独自の筋肉トレーニング方法を研究していた野口三千三は、アメリカ流のトレーニング方法を闇雲に取り入れるかのような風潮に強く異を唱え、ボディービルから離れていったのだそうです。
この辺りの事情は『野口体操入門−からだからのメッセージ』に書かれています。