ダイナミック・タッチ

2003.12.23.

テニスのラケットを選ぶとき、ラケットを手に取り、振ってみます。野球のバットやゴルフのクラブを買うときも、同じでしょう。そのショップにスペースがあれば、実際に振って使い心地を試してみるかもしれません。
見た目だけで道具を選ぶということはめったにありません(通販は別ですが)。実際に手で持ち、動かすということを私たちは自然に行います。

また、何か物の重さを確かめるとき、私たちは物を持った手を上下にゆすります。ただ手に持つよりも、物の重さがよりはっきりと感じられるからでしょう。

棒のとどくところ 左の図は、ある実験の様子を表しています。30センチから120センチまでの15センチずつ長さの異なる棒が用意してあります。被験者は右手に渡された棒の先端がどこまで届くかを、左手側のパネルの位置を前後させて示します。被験者の右腕(右手)はカーテンの向こう側にあり、目で見ることはできません。
このような実験をしてみると、左手側で示された先端の位置は、実際に右手と棒がつくる長さとよく一致するのだそうです。
被験者になった自分を想像してみてください。どうやって棒の届くところを探りますか。ただ棒に触るだけでは判りませんよね。やはり棒を振るでしょう。あたりまえのことですが、棒を振ったことで、棒の長さや重さ自体は変化しません。棒を振ることで変化するのは、棒を持つ身体のほうです。私たちの身体の中の変化が、棒の先端の位置を知覚させるのです。

立った状態で棒を持つことを考えます。手を伸ばして棒を持てば、身体の重心の位置は変化するはずです。でも、ほとんどの人は姿勢を変えずに棒を持っていられます。身体のどこかが重心を自動的に調整しているからです。棒が重ければ、私たちは空いている手を棒の真ん中付近に添えたり、足を開いたり、腰を落としたりなどの動作を何も考えずに行います。(姿勢の維持については、稽古雑感ページの「10.バランスをとる」も読んでみてください)

人間の身体には、およそ200個の骨とおよそ630個の筋肉があります。筋肉の中には筋紡錘というセンサーが仕込まれています。筋紡錘は、筋がどれくらい伸ばされているか(静的情報)と筋が引き伸ばされているときの伸展速度(動的情報)を感知します。全身にある筋紡錘の数は、約20,000個です。

「すべての骨が筋で一つにリンクしている。したがって身体がするあらゆる接触では、すべての骨と筋は一つのシステムとして動く。ギブソンは骨を中心として一つのシステムとして挙動するこの大きな器官を「ボーンスペース(骨格空間)」と呼んだ。ぼくらは足裏につながるこのボーンスペースの全体で大地や床と接触している。したがって、定位はより大きく複雑な、骨格空間全体の挙動としてさぐられ、獲得されることになる」

文中の「ギブソン」とは、“アフォーダンス”の理論を提唱したウィリアム・ギブソンのことで、「定位」とは重力に抗して姿勢を維持することです。

「指のような皮膚の先端部分や、棒のような道具の先端による物の探索が位置しているのは、このように環境にまでつながっている大きな協調のシステムである。物のいろいろな性質を探るために手の動きは、このように、定位のための全身の動きに「入れ子」になっている。つまり地面からつながっている」

棒を(あるいは物を)動かすことによって棒(その物)がもっている性質を探ることができます。さわったり、振ったり、叩いたりして物の性質を感知していく身体の動きを、ウィリアム・ギブソンは「ダイナミック・タッチ」と呼びました。
そして、この「ダイナミック・タッチ」は、姿勢を維持するという身体の働きの中に「入れ子」になっており、地面につながっているのです。

棒を持つ、棒を動かすという行為は、棒を持った瞬間から、姿勢を保つという行為に組み込まれているわけです(厳密に言えば、実際に持つ前から脳は準備活動を始めているのですが、それはまた別の話としましょう)。
姿勢が大切とはよく言われることです。また、道具を扱うのは手だけではないということもよく言われることです。こうした言葉に含まれている意味を、「ボーンスペース(骨格空間)」という観点から考えてみるのも面白いと思います。
例えば、道具(や武器)は、手の部分的な延長なのではなく、ボーンスペースの拡張と言えるわけです。自動車もそうです。ドライバーは加速や減速、路面の凹凸や横風の強い圧力、タイヤのスリップなどを全身で感じながら運転しているのです。


下記の本は、「感想文」のページでも紹介しています(感想文ページ「9.『知性はどこに生まれるか』」参照)。
また、骨格を調整する筋肉の働きについては、稽古雑感ページの「13.筋肉を使う」 を読んでみてください。
作用反作用の法則については、稽古雑感ページの「7.力学をかじる 」を参照してください。


知性はどこに生まれるか 『知性はどこに生まれるか』
著 者: 佐々木 正人
出版社: 講談社(講談社現代新書)
定 価: 714円(税込)


「ぼくらは「姿勢」といわれると、学校時代のあの背をピンと張った、「静止の姿勢」を想像してしまうけれど、姿勢とは身体全体で環境とリンクする、知覚の器官を多重にとりこんだ関係のネットワークなのである。
(中略)
このような多くの要素が完全にリンクした、全身のネットワークのやっている止むことのない調整のことを、ベルンシュタインは「協調(コーディネーション)」と呼んだ」
(「第四章 知覚する全身のネットワーク」より)

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