遊び駒の活用

2005.8.7.

今どきの学生さんたちは、囲碁や将棋のルールを知っているのでしょうか。
サッカー少年や野球少年が今でも健在なように、囲碁少年や将棋少年も頑張っているのだろうと思います。しかし、テレビゲームほど一般的な知識ではないのでは、と感じます。

将棋では(もちろん囲碁でも)、「相手は常に最善の手を指す」と考えます。
次の一手を考えるときには、自分の次の一手に対する相手の最善手を考え、次の次の一手を考えます。さらに4手目、5手目も同様にお互いの最善手を追求します。
こうして将棋を指していると、相手の指し手はしばしば自分の予想と異なります。
例えば、指し手の候補の内のどれを選んでも形勢に影響がない場合です。攻撃のための駒組みを優先するか、防御の駒組みを優先するか、それはそのときの作戦や気分次第です。
しかし、戦闘が開始され、駒を取り合い、双方が相手の王様に迫っているような緊迫した場面でも、「読み」が一致しない場合があります。
それは、何をもって最善と判断するか、相手と自分の間で見解が異なるからです。勝敗を決定する要因はいろいろありますが、5手先、10手先のある局面を、自分が良しと判定するか、相手が良しと判定するか、この判断のあやが勝負の行方を決めることがあります。

将棋の強い人達は、1局の終了後に感想戦(かんそうせん)というものを行います。指し手を最初から再現して、何が勝因で何が敗因か、どう指せば負けなかったのか、どう指せばもっと早く勝てたのか、お互いの考えを述べあうものです。
これをしていると、ある局面に対する評価が逆だったと気づくことがあります。自分は不利になると思って選択しなかった局面を、相手は相手側の不利と思っていた場合などです。相手は、不利になると考えていた局面に進まなかったので助かったと感想を述べるのです。

囲碁や将棋の世界では、精確な判断ができる人を「大局観(たいきょくかん)が優れている」と評価します。あるいは、「大局観が明るい」といった言い方をします。幅広く手が読めることも大切ですが、「読み」を生かすも殺すも、局面の評価次第です。

将棋では、上手(うわて)と下手(したて)との実力差が大きい場合は「駒を落とす」という方法でハンディキャップを与えます。「飛車落ち」あるいは「角落ち」などという言葉をお聞きになったことがあると思います。飛車と角の両方を落とすことは「飛角落ち」または「二枚落ち」と言います。その他には「香落ち」「飛香落ち」「六枚落ち」などがあります。
このような「駒落ち」将棋に対して、駒を落とさない普通の将棋を「平手(ひらて)」と呼びます。将棋のプロがアマチュアと「平手で指す」と言えば、ハンディなしで戦うと言うことです

「遊び駒(あそびごま)」という言葉があります。攻撃にも防御にも役に立っていない駒のことです。遊んでいる駒は、つまり駒を「落とし」ていることと同じです。自ら戦力ダウンを招いているわけです。
将棋が強くなるための秘訣に、遊び駒の活用ということがあります。将棋盤全体をよく見て、遊び駒をなくすようにせよ、ということです。

柔軟性が不足したり、関節支持力が不足したりしているスポーツ選手は、駒を落として戦っているようなものだと思います。
柔軟性を獲得する、一定の筋力を維持する、このような身体作りの基本を軽視する選手は、いつまでも「駒落ち」状態で戦い続けることになるのでしょう。

そして、自分の肉体的能力を最大限生かしたパフォーマンスを望むならば、自分のパフォーマンスが精確に評価できる「大局観」も必要になってくるのではないでしょうか。



スタビライゼーション 『スタビライゼーション』
著 者: 小林 敬和 + 山本 利春
発 売: 山海堂
定 価: 1,890円(税込)

「静的な柔軟運動をすると、とてもからだが柔らかい人でも、スポーツをすると逆に動きが硬くぎこちない人を多く見かけます。その動作に慣れていないという原因も一つの要素ですが、前にも述べた関節まわりの筋力や関節支持力が十分でないために、動作の中で関節可動域を最大限に活用できないという問題が発生するのです。」
(第1章「スタビライゼーションとは」より)

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蛇足:
将棋は「指す」、囲碁は「打つ」と言います。

補足:
将棋の「駒落ち」に相当するのが、囲碁の「置き碁」です。開始前に、盤面に石(黒石)を置きます。実力差があるほど、置き石の数が多くなります。