割(わり)正しからざれば

2006.1.31.

割(わり)正しからざれば これを喰らわず(注)
醤(ひしお)を得ざれば これを喰らわず

これは料理の基本を表した言葉です。材料を切りそろえなければおいしくならない、よい調味料で下味をつけなければおいしくならない、という意味だそうです。実は、テレビ朝日の『食彩の王国』という番組で見ました。『論語』の一節、つまり、孔子の言葉です。2500年も前に中国では料理の基本が知られていたわけです。
NHKの『宮廷女官チャングムの誓い』の中でも、「材料の大きさが揃っていないと見た目が悪いだけでなく、火の通りにむらができて味もよくならない」という意味のことが言われていました。

では、想像してみてください。
あなたはとうとう武術の達人になりました。あなたのもとに100人の若者が教えを請いに来ています。あなたの神技に感嘆した後援者が支援を申し出てくれました。練習場所も時間も確保できました。あなたは100人の若者に武術を教えなければなりません。100人の若者は、体格も性格も出身地も武術歴もばらばらです。
さて、どのようにしてあなたの技を伝えたらよいのでしょうか。

そのためのひとつの方法が、「材料の大きさを揃える」ことだと思うのです。
100人の若者のそれぞれが、あなたが想定する必要最小限の柔軟性、筋力、持久力、バランス感覚などを備えていれば、教える(伝える)ことがずっと容易になるでしょう。
さらに、あなたが大切にしている運動感覚を再現できるような動き(型)を理解してくれていれば、申し分ないでしょう。これは「下味をつける」ことに喩えてもいいかもしれません。
若者たち各々の個性に合わせて教えるという方法も考えられますが、100人を相手に現実的な選択と言えるでしょうか。これが100人で終わらず、500人、1000人に教えるとしたらどうでしょうか。

今、大型書店のスポーツ・コーナーには武術関連の本が多数並べられています。
その中で、基本の大切さを理解させるような本はどれだけあるでしょうか。どの本も基本をおろそかにしていいとは書いてないでしょうが、半年も続かない流行の理論、人気武術家の対談や身辺雑記など、手っ取り早く読者の気を引くような記事ばかり目立つように感じられます。
中国武術を例に挙げれば、かつて発行されていた「武術基本功」の本が今は店頭に並んでいません。
耐震強度の不備を知りながらマンションを販売していた不動産会社がありましたが、基本の重要性を曖昧にしたまま流行を追いかける出版活動も、似たようなものかもしれません。
通背拳で有名な常松勝先生は、修行中に師匠からこう言われたそうです。

「(漢)字を書けない人間が文章を書こうとしてどうなる」

厳しいものです。
現代の日本で生活している私たちが、往年の武術家のような修業をすることは極めて困難です。しかし、21世紀になったから、以前ほど基本が大切ではなくなったなどということにはなりません。
私たちにもできることはあるはずです。21世紀の今の日本だからこそできるということもあるでしょう。例えば、「武術基本功」の本は絶版になっていても、インターネットで検索すれば、どこかのホームページで解説を見ることはできるのです。

あなたが続けたい競技種目や運動について、基本がどこにあるのかを研究してください。
昨今の武術ブームは本当にあなたの役にたちますか?
自分の身体のことです。マスコミに踊らされないように、自己防衛しましょう。
自分の身体の柔軟性、筋力、バランス感覚などについて、常に意識を高めるようにしましょう。



中国伝統通背拳 『中国伝統 通背拳』
著 者: 常松 勝
発 売: 福昌堂
定 価: 1,575円(税込)

「基本技は、基礎を作るという武術的な意味があるが、その単調さゆえに、入門してきた生徒の熱心さを試すには、格好の試金石ともなるのである。昔の武術家は、わざと単調な動作を選んで生徒に行わせ、その間に生徒の素質、熱心さ、性格などを見極め、真に拝師させるかどうかを判断したそうである」
(第一章「私の拳法修行」より)

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注:
ここではTV番組で紹介された読み方と解釈をそのまま紹介しています。
検索サイトに行って「醤を得ざれば」で検索すれば、いくつかのホームページがヒットします。参考になさってください。

補足:
皆さまに通背拳をおすすめしようというわけではないのです。
日本における中国武術の黎明期には、この『通背拳』のような本が何冊も出版されました。
このサイトでは、今までそうした古典的な本を取り上げていませんが、決して軽視しているわけではありません。よい本もありますから、書店でそうした本を見かけたら、一度は手にとってご覧になることをお勧めします。
後になって「買っておけば良かった!」と後悔しないように(まあ、それがオタクへの第一歩かもしれませんが、、、)。