自由度の制御

2007.5.16.

「自由度」などという言葉はめったに使わないですよね。ただ、おおよその意味は頭に浮かんでいるのではないでしょうか。説明はできないとしても。

「自由度」という言葉をインターネットで検索してみたら、『ウィキペディア(Wikipedia)』に次のような説明がありました。

「自由度(じゆうど, Degree-of-freedom)とは、一般に、変数のうち独立に選べるものの数、すなわち、全変数の数から、それら相互間に成り立つ関係式(束縛条件、拘束条件)の数を引いたものである。 自由度 1、1 自由度などと表現する」

ずいぶん抽象的な説明ですが、数学的な厳密さに則った(のっとった)定義です。
しかし、本稿では人間(および動物)の動きの制御について考えたいので、もっと簡単に、自由度=関節数のこととします。
例えば、HONDAの二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」の仕様を見ると、次のように書いてあります。

[作動自由度]
頭自由度 2、腕自由度 5×2=10
手自由度 1×2=2、脚自由度 6×2=12 合計 26自由度
※自由度:人間の関節に相当。前後、上下、回転がそれぞれ1自由度。


では、ヒトの身体の自由度はいくらでしょうか。
あるロボットの研究論文では、以下のように記述されています。

腕:7 × 2 脚:7 × 2
首:3 胴体:6 腰:3
合計:40 自由度


この人体モデルでは、指の関節は除外されています。「40」という数字を多いと感じますか、それとも思ったより小さいでしょうか。

40個の関節がそれぞれ独立して働くとすると、その組み合わせは2の40乗通りあることになります。2の40乗は「1099511627776」となります。ざっと1兆通りです。これは動きの方向だけを考えた組み合わせですから、各関節の動きの量やスピードの変化まで組み合わせて考えれば、天文学的な数になってしまいます。
ヒトが80年生きるとすると、80年はざっと25億秒(2488320000秒=86400×30×12×80)です。ですから1秒ごとに関節の組み合わせを変えていっても一生の間にすべての組み合わせを試すことはできません。25億は1兆のわずか400分の1ですから。

私たち(動物たち)は、関節の動きの最適な組み合わせをどのようにして選んでいるのでしょうか。単純計算ではこれほどにも膨大になってしまう組み合わせの中から、、、

さて、そろそろ数字のお遊びを止めることにしましょう。
すでにお察しの通り、ヒトの動きは1兆通りの組み合わせの中から選んでいるのではありません。

「見たり、歩いたり、走ったり、投げたりするときには、いくつもの関節で異なる動作が同時に行われる。このような統合した動作は、繊細に調整された協応的なシナジーとして進行する」(第U章 運動制御について)

「シナジー」とは、2つ以上の関節が協同して働くことです。
私たちが未経験のスポーツを始めるとき、楽器の演奏方法を学ぶときなど、つまり、新しい動き方を身につけようとするときには、複数の関節を協同させて動かすパターンを記憶するわけです。この「パターン」はすなわち、ウィキペディアの自由度の定義にある「束縛条件」、「拘束条件」とも言えます。

ただ、「シナジー」は固定されたパターンではありません。「シナジー」には柔軟性があります。シナジーは、その目的を達成するまで複数の感覚器によって見守られていて、常に微調整されるからです。

「トレーニングを積んだ運動選手のランニングフォームは、いつ見ても同種のコインの絵柄のように一緒だ。ただし、同じフォームになるのは、脳が筋へまったく同一の運動インパルスを届ける能力をもっているからではなく、感覚調整が間違いなく働いているからに他ならない」(第Y章 練習と運動スキル)

「シナジー」の形成には、脳の複数の部位が重層的に関わっています。姿勢を制御するレベル、移動運動のレベル、空間運動のレベル、行為のレベル(複数のシナジーを統合するレベル)はそれぞれ脳の異なる部位が担当しています。脳の進化の歴史とは、すなわち、新たな運動の制御方法を獲得する歴史だったわけです。
(感想文ページの「20.『デクステリティ』」およびその概要をご覧ください)

ロボットの動きを真似するダンスがあります。あのダンスがロボットを連想させるのは、自由度を厳密に制限しているからです。ヒトには40以上の自由度があるのに、あのダンスでは1度に1〜2程度の自由度しか使わないのです。
しかし、自由度を制限するというのも、多くの練習を必要とする高度な技術なのですね。自由度を制限することも、自由度を使いこなすという意味では同じことかもしれません。

武術の稽古とはまさにそういうこと(制限すること)かもしれませんね。

潜在的には1兆通りを優に超える組み合わせが考えられるということは、未知の動きが隠されている可能性があるということです。武術の達人が見せる信じられないようなパフォーマンスはそのうちの幾つかなのです。
未知の動きを発見することは、数学的な可能性としては、誰にとっても0(ゼロ)より大きいのです。



デクステリティ 『デクステリティ 巧みさとその発達』
著 者: ニコライ・A・ベルンシュタイン
訳 者: 工藤 和俊
監訳者: 佐々木 正人
発 売: 金子書房
定 価: 4,410円(税込)

「毎朝ネクタイを結ぶ人ならご承知のことと思うが、いつも鏡なしにネクタイを結んでいる場合、鏡を見ながらネクタイを結ぼうとすると非常に煩わしく感じる。なぜなら、練習を積んだ動作は筋−関節感覚により調整されているのだが、そこに強くしかもつじつまの合わない視覚制御が干渉すると、練習を積んだスキルを崩壊させてしまうからである」
(第U章「運動制御について」より)

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補足:
本文の中の2の40乗の計算には、検索サイトのGoogleを使いました。「2の40乗は」と入力して検索を実行すると、あら不思議、計算結果が表示されます。私は計算結果が出ているサイトを探すつもりだったのですが。「80年は何秒」も試してみてください。

蛇足:
本文の結末にさらに付け加えるなら、可能性を高めるためにストレッチングを続けましょう、ということになるわけです。