モーシェのこと

2010.5.8.

フェルデンクライス・メソッドを考案したのは、モーシェ・フェルデンクライス(1904年〜1984年)というユダヤ人です。
ベラルーシ共和国のバラノヴィチ(当時はポーランド領)に生まれ、1919年にイスラエルに移住、その後、フランス、イギリスで活動し、またイスラエルに戻りました。

フランスでは、ソルボンヌ大学で数学と物理学を学び、物理学の博士号を受けました。
第2次世界大戦中はイギリス海軍の対潜水艦作戦に従事し、ソナー(音波探知装置)に関係する特許を取得しています。
フェルデンクライスの名前を有名にしたのは、イスラエル建国時の首相であるペン・グリオンの健康回復を指導したことでした。他にも奇跡的なリハビリテーションの成功により、イスラエルでは「大衆的な名声」を得ました。

その人のことを、フェルデンクライス・メソッドのプラクティショナー(インストラクター)は、敬愛の念を込めて「モーシェ」と呼びます。

フェルデンクライス・メソッドについては、感想文ページの「15.『フェルデンクライス身体訓練法』フェルデンクライス」とか、稽古雑感ページの「11.ウェーバーの法則」、「27.重力に負けない 」などで取り上げてきました。

ここでは、雑誌『秘伝』2010年3月号に掲載された「M・フェルデンクライス 武術家としての真実」という記事から、武術家としてのモーシェ・フェルデンクライスを紹介します。

『フェルデンクライス身体訓練法』の後書きや、フェルデンクライス関連のサイトを見れば、モーシェと嘉納治五郎のことが書かれています。フェルデンクライスが柔道家であったことを知っている人は多いと思います。『秘伝』の記事は、モーシェと柔術の関わりをさらに詳しく伝えるものでした。

モーシェ・フェルデンクライスには柔術に関する著作が複数あるそうです。
『柔術と護身術』Jiujitsu and SelfDefence(1931年)
『柔道のABC』ABC du Judo(1938年)
『柔道:防御と攻撃の技術』Judo:The Art of Defence and Attack(1941年)
『実践徒手格闘術』Practical Unarmed Combat(1942年)
『上級柔道』Higher Judo(1952年)

驚いたのは、1931年に出版された『柔術と護身術』です。
モーシェが嘉納治五郎と会ったのは1933年です。モーシェは嘉納治五郎と出会う前にすでに柔術の著作を上梓(じょうし)していたのです。
(こちらのページに、若き日のモーシェの写真が掲載されています)

『秘伝』の記事では、モーシェがフランス柔術協会の設立に関わっていたことや、イギリス軍のために戦闘技術のトレーニング法を考案したり、1948年のヨーロッパ柔道連盟の創立にも関わっていたことが述べられています。

では、フェルデンクライス・メソッドは柔道(または柔術)から生まれたのでしょうか?
『秘伝』の記事には、そのような記述も見られますが、、、

モーシェの主要な著作の発表年を見てみましょう。

『身体と成熟した行動』Body and Mature Behavior(1949年)
『フェルデンクライス身体訓練法』Awareness through Movement(1972年)
『脳の迷路の冒険』Nora's Case[ノラの症例](1977年)
『曖昧にして明瞭なるもの』The Elusive Obvious(1983年)
『心をひらく体のレッスン』The Master Moves(1984年)

『身体と成熟した行動』の発表から『フェルデンクライス身体訓練法』の発表まで、実に23年もの期間を要しています。
『フェルデンクライス身体訓練法』の「訳者あとがき」によれば、モーシェはヨーガ、フロイト、グルジェフ、パヴロフ、大脳生理学などを研究し、アレクサンダー・テクニークの創始者F・M・アレクサンダーとも交流があったそうです。

モーシェが長年にわたって柔道(柔術)と関わったことは、モーシェが考案した身体訓練法の誕生に無関係であるとは言えないでしょう。しかし、モーシェが独自の護身術を考案したことが、フェルデンクライス・メソッドの開発にダイレクトに結びついている(『秘伝』の記事での指摘)ようには、私には思えません。

私がイメージする純然たる「ATMレッスン」は、目的を示さず、動き方のサンプルを見せず、ただ教師の指示に従って身体を動かし、ある動きの感覚と別の動きの感覚の差異を感じるといったものです。
「ATMレッスン」は、武術のために、踊りのために、肩こりを治すために、うつを治すためになどの目的意識とは相容れないものだと思います。

モーシェ・フェルデンクライスと武術との深い関わりが明らかにされつつあるのは喜ばしいことですが、モーシェの考えたことを武術に結びつけるには、相応の検証作業が求められるでしょう。



フェルデンクライス 『フェルデンクライス身体訓練法』
著 者: モーシェ・フェルデンクライス
訳 者: 安井 武
発 売: 大和書房
定 価: 2,520円(税込)

「われわれが学ぶあらゆるものは、反復し記憶にとどめるという原理にもとづいている場合がほとんどである。このことは、楽器の演奏が日ごとに上達するひとがいるかと思えば、毎日毎日練習を積んでも全然うまくならないひとがいるのはなぜか、を説明してくれるであろう。この成果のちがい(中略)は、おそらく、第一の生徒が、演奏しながら自分のやっていることによく注意を払っているのに、第二の生徒は、ただ反復して覚えようとするばかりで、悪い練習でもたっぷりくりかえせばいくらか音楽的完成をもたらしてくれるだろうという仮定にのぞみをたくしているにすぎない、という事実から生まれるのだ」
(「レッスン8 自己イメージの完成」より)

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補足1:
ゲオルギイ・グルジエフについては、こちらを参照してください。
(あ、あの、私はこの方のこと、ほとんど知りません。。。)

補足2:
もちろん、フェルデンクライス・メソッドに由来する武術レッスンやダンスのレッスン、肩こり解消エクササイズがあってもいいのかなぁとは思いますが、それらに「ATM」を名乗らせることには違和感があります。