包括的認識力とは

2010.6.8.

何か運動(スポーツ)を経験している方なら、自分の身体がどのように動いているか、例えば、今この瞬間、手がどこにあり、どこに向かって動いているかとか、体重がどちらの脚にどれだけかかっているか、それを支える膝の角度はどれくらいかとか、感じながら動いていると思います。

そうした(感じながら動く)感覚を、日常生活で感じている方も多いでしょう。
重い荷物を持っている腕の感覚やその重さを支える脚の感覚、掃除や料理をしているときの動きの感覚など、漠然とでも感じている方は多いと思います。
運動習慣のある方の場合、そうした感覚を自覚的に扱えるようになっているのではないでしょうか。

身体中の筋肉からもたらされる情報、これを筋感覚(kinesthesia)といいます。
視覚や聴覚などの五感がもたらす情報とは、異なる感覚です。
触覚を除いた4つの感覚(視・聴・嗅・味)がもたらす情報は特定の感覚器官からの情報ですが、筋感覚は身体全体の筋肉から同時多発的に、重層的・複合的に伝えられてきます。

この感覚は視覚ほど明確ではありません。
自分ではできていると思っていた動作が、「ちょっと違ってるよ」と指摘されたり、ビデオで見ると自分がイメージしていたようには動けていないということがよくあります。
そのような時に、正確な動きをしたときの感覚がつかめると、「あ、これか」という感じが得られます。筋感覚がもたらす情報がどうなっていれば自分の動きが意図通りであるかが明確になる瞬間です。
日々の練習の意義は、こうした納得感を積み重ねていくことにあります。

意図通りに動いているときの感覚とそうでないときの感覚の差異、これを把握することが重要です。
筋力や柔軟性を向上させることは、この差異を把握する能力を高めるために行われるべきでしょう。

かといって筋感覚がすべてではありません。当然、五感の感覚もおろそかにはできません。
包括的認識力(inclusive awareness)は、五感と筋感覚を含めた、本来人間が有する総合的な認識能力のことです。

下記に紹介した書籍は歌手のために書かれた本です。
詳細は省きますが、『音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』と同じ系統(アレクサンダー・テクニークの前段階のボディ・マッピング)の本です。
歌唱のテクニックだけではなく、人間の骨格やバランスのあり方についても詳しく解説されています。

「包括的認識力(inclusive awareness)というのは、自分と世界とを同時に感じる能力です」
(「第1章 はじめに」より)

「同時に」が重要です。
「包括的認識力」は広い意味での「注意」を含みますが、集中的な「注意」とは異なります。
「包括的認識力」は1つの物事に集中する意識ではありません。
したがって、「注意」の対象を次々にすばやく切り替えることで複数の対象を扱うという意識でもありません。

「すばやい気配りや集中力は、考慮すべきさまざまな要素を互いに切り離してしまいますが、包括的認識力は、逆に、さまざまな要素を結びつける力となります」
(「第1章 はじめに」より)

「包括的認識力」の実相を言葉で表現することは不可能です。
例えばテニスでは、、、
相手が打ち返してきたボールを見ながら、
コートに吹いている横風の強さを感じながら、
ボールの着地点を予測しながら、
予測した着地点に向かって脚を踏み出しながら、
テニスラケットをバックスイングさせながら、
コートの反対側にいる相手がどちらに動こうとしているかを見ながら、
といったことが、すべて同時に行われているはずですが、そうした総合的な感覚を表現できる言語はありません。

我々の運動の実相が「包括的認識力」にあるとすれば、言葉はあくまで便宜的な都合で使用しているに過ぎません。
「包括的認識力」を有効に機能させるためには、言葉で考えることを止めなければいけません。

(とはいえ、我々が他人の運動感覚を推測するには言葉を手がかりにするしかありません。「包括的認識力」を重視することは言葉を軽視することではありません。我々が運動を学ぶことの真の困難はここにあります)


歌手ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと 『歌手ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』
著 者: メリッサ・マルデ/メリージーン・アレン/クルト=アレクサンダー・ツェラー
訳 者: 小野ひとみ(監訳)/若松惠子/森薫
発 売: 春秋社
定 価: 2,520円(税込)

「膝の関節は、ひざがしら(膝蓋骨・しつがいこつ)からほんの少し下にあります。上の文章を、もう一度、読んでください。なぜなら、多くの人が「ひざがしら(膝蓋骨)が膝(膝関節)である」というまちがったマップをもっているからです。実際の膝関節の位置を知ることは、そういう人たちにとっては天からのお告げのようなものとなるでしょう」
(「第2章 バランスをとる6つの場所」より)

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補足:
言葉の問題は引き続き、来月も取り上げたいと思います。