歩行改造中

2011.10.16.

3月11日の大地震の夜のことを以前書いた。
「51.Night Walk」ページ)

あの晩、普段にない長時間を歩き続けた結果。右足(甲の外側あたり)を痛めてしまった。
上記のページで書いたように、その後もずっと自分の歩き方を考えてきた。

私は通勤で毎日1時間以上を歩く。
自宅から最寄り駅までが12〜13分、職場から最寄り駅までが25分前後かかる。往復で、およそ1時間10分である。
昨年の秋、歩数計を買って、家を出るとことから、仕事をして、家に帰るまでの歩数を測ったことがある。2回測定して、どちらも1万歩以上歩いていた。

江戸時代、人びとはかなり長い距離を歩いていたらしい。
Googleで検索してみると、江戸時代の旅人は男性で1日約40km、女性で約30kmくらいは歩いたという。
(私が大地震の日に歩いた距離は25km弱である)
江戸市民であれば、朝、日が昇ったら活動開始。日が暮れたらさっさと就寝。
日のある内に用事を済ませる。移動手段といえば歩くことしかない。
駕籠(かご)が使えるのは限られた人びとである。
3時間ばかり歩いただけで足を痛めるようでは、おまんまの食い上げである。
江戸の庶民にできたことが現代人にできないはずはない。

しかし、歩くという単純な運動をどう変えるのか。
姿勢については、「虚領頂勁」「沈肩」を意識するようにする。
歩きでは胴体は外見的にはあまり大きく動かないので、無駄な力みが無いようにするくらいしかしようがない。
腕の振りについてもほとんど考えていない。私はリュック派なので、両腕とも力を入れずにただ垂れ下げておくだけである。
(考えていないというのは「無視する」という意味ではなく、モニタリング[観察]はする)

脚は難しい。股関節、膝関節、足首関節と3つの関節がある。これらをどう使うか。
あれこれ考えてはみたが、結局、まずは力を抜こうということになる。
脚のどこにも余分な力が入らないように、股関節から下の部分が振り子のように自然に振れないものかと意識する。
面白いことに、そうやって脚の力が抜けるように意識して歩いていると、いつの間にか、下腹部に力が感じられる。あれ、これが「気沈丹田」かと思ったりする。
(この「気沈丹田」は私のイメージ)

そんなことを日々繰り返しているうちに、最近、ちょっとした変化があった。
言葉で表現するのは困難なのだが、膝から下の骨にうまいこと重さが載っかる感じがでてきた。
膝までの重みが足裏に直に載っているような感じ。足裏の外側の方にはあまり負荷がかからないのもいい感じである。
この歩き方だったら、足を痛めずに前より長い時間歩けるかもしれない。

そろそろ、また長い距離を歩いてみようかと考え始めている。



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監 訳: 橋本 辰幸
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「関節を筋収縮で固定することなく自由に動ける状態は、高度なバランス感覚を必要としますが、この姿勢が一番能力を発揮できるものです。ところが、筋肉を常に緊張させた関節が動きにくい状態では、運動能力が低下しバランスも崩れやすくなるのです」
(「新たな神経回路(ニューロネット)への扉を開く」より)

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蛇足:
数カ月後には「まだダメでした(痛くなっちゃいました)」と報告しているかもしれませんが。