[新]ヒトの解剖

2003.02.09.

この本は何か忘れたが別の本を探している最中に全く偶然に見つけた。
人間の体について文字通り頭のてっぺんから足の先まで「解剖」した本である。図版が豊富で、文字だけのページが4ページと続くことがない。
まず解剖学と献体の歴史の説明があり、解剖の準備、皮はぎから筋肉の解剖、内臓の解剖へと進み、さらに顔と頭、骨、脳の解剖というほぼ実際の解剖実習の手順にそって解説されている。
どの章も面白く、情報量が多くて、人体に関する「豆知識」の宝庫みたいな本である。こんな風に紹介しないで自分ひとりのネタ本にしておいたほうがいいかな、などと考えてしまう。
ということとは関係なく、著者がこの本を著した主旨は「一般の人びとに解剖学と解剖実習のようすを知っていただく」ことである。
また、「医師の立場からも、一般の人びとが人体のしくみを理解し、その構造と機能を充分に知っていることが、最近その重要性を強調されているインフォームド・コンセント、すなわち、患者の理解と承諾にもとづく医療を実現するために、必要な条件になってきている」という考えが背景にある。

解剖学といえば養老孟司の本があり、一般向けの解説書も少なくないと思う。この本のいいと思うところは、図版の多さと、余分な説明が無く、脳から内臓、筋肉、骨、神経、血管、リンパ管などなどが広範囲に説明されていることである。
タイトルは「新」などとうたっているが、初版が1996年4月ということで、やや古い本である。だが、その点を割り引いてもお買い得感のある本だと思う。

以下、章単位に「豆知識」を列挙してみる。
(もちろん、これで全部ではないので興味のある方は本書を参照のこと)

1 解剖の秘密
・解剖の種類
「正常解剖」−医学・歯学の大学で学生の教育として行っている解剖。
「病理解剖」−死後すぐに病気の拡がりや状況を調べるために病院で行う解剖。
「司法解剖」−変死体の死因を調べたり、殺害の手口を割り出すために警察や大学の法医学教室で行う解剖。「法医解剖」、「行政解剖」ともいう。
・一回に4時間程度をかけた解剖実習がふつう通年30回から50回くらい行われる。これで人体一体分の解剖を終える。(つまり、解剖実習を終えるまで、対象となる遺体はずっと同じである。毎週、毎回、新しい遺体を一から解剖するのではない)
・実際の解剖実習のほとんどはピンセットを使って組織と組織の間を埋めている結合組織の中から、血管と神経を探りだし、それを残しつつ、その周囲の結合組織を取り除く作業に費やされる。
・献体登録者の遺体を大学で引き取ってから、解剖実習に使用し、火葬をして遺骨にし、遺族に返還するまでの期間は、早くて約1年、場合によっては2年以上となることもある。

2 解剖のはじまり
・皮膚は、表皮・真皮・皮下組織の3層からなる。入れ墨(Tattoo)は色素を皮下組織に差しこんで彩色したもの。ここまで達した色素は生涯移動しない。
・顔の皮膚の厚さは1〜2ミリ。皮膚が一番厚いのは足の裏。表皮だけでも2〜3ミリあり、真皮までいれるとセンチの桁になる。
・毛や爪は表皮層のうちの角質層が特殊化したもので、ケラチンというタンパク質で作られている。爬虫類の角鱗(かくりん)・鳥類の羽毛・サイの角・ウマの蹄なども角質(ケラチン)で作られたもの。

3 力こぶ
・表情筋や咀嚼筋は、ヤツメウナギなどのように顎(あご)のない原始的なサカナでは、呼吸と捕食のためにエラを動かす内臓の筋肉だった。
・横隔膜はもともと首の筋肉(舌骨下筋)が胸と腹の間まで移動してきたもので、カエルなどがのどをふくらませて呼吸している筋肉の一部が、哺乳類では胸と腹の間まで降りてきたものと考えられている。横隔膜を支配する神経は首から伸びており、心臓と肺の間を下がってきて横隔膜につながっている。
・お尻の大殿筋はヒトの直立姿勢を支える大きな筋肉である。ドイツ語では「後ろのほっぺた(Hinterbacken)」という。ウマやイヌなどの動物では、お尻は後面の筋肉(大腿二頭筋など)からなり、大殿筋ではない。

4 五臓六腑
・いろいろな動物の血漿(血液の液体の部分)を比較すると、原始的な動物ほど成分が海水に近い。
・赤血球は主に骨髄で作られ、脾臓と肝臓で壊されるまで、約120日間にわたって酸素を運搬する。胎児では、赤血球は脾臓や肝臓で作られるが、生後は主に骨の中の骨髄で作られるようになる。子どもの頃には全身の骨で造血している(赤色骨髄)が、歳を取るにつれて手足の長い骨のなかではしだいに脂肪に置き換わり(黄色骨髄)、最後まで血を作るのは椎骨や肋骨・胸骨など。(石器時代の古代人はこのような性質を知っており、骨を割って赤色骨髄を食べ、黄色骨髄は灯火の燃料として使っていた)
・内臓はそれぞれ表面が腹膜で被われ、腹膜が二重になった腸間膜という膜によって、腹腔の後ろの壁(後腹壁)に吊り下げられている。(だから激しい運動をしても内臓の位置がずれたりしない)
・肛門の病気、「痔(じ)」はヒトの直立姿勢にもとづくものが多い。腸(直腸)が下がり、脱肛やうっ血(いわゆるいぼ痔=痔核)などを起こしやすい。

5 顔と頭
・ヒトの嗅細胞の数が約1000万個であるのに対して、イヌ(大型犬)では2億2000万個もある。サルやヒトでは嗅覚は退化し、視覚が発達した。
・鼓膜の振動を内耳に伝える3つの骨(ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨)は、サカナでは顎やエラを作っていた骨だったと考えられている。爬虫類ではアブミ骨が中耳にはいって音を伝えるようになり、他のツチ骨・キヌタ骨はまだ顎の関節にあった。哺乳類になって3つの骨がすべて鼓室にはいって音を伝えるようになった。
・歯は原始魚類の皮膚にあるウロコに由来する。全身を被っていた小さな突起状のものが、顎ができるとともに、エサを引っかけるために発達した。サメではウロコが「皮歯(ひし)」と呼ばれ、構造も発生も顎につく歯と基本的に同じことがわかっている。

6 骨まで愛して
・ヒトの骨格は総計200個あまりの骨からなるが、大きく5つの部分に分けると把握しやすい。頭蓋(とうがい)・脊柱(せきちゅう)・胸郭(きょうかく)・上肢骨(じょうしこつ)・下肢骨(かしこつ)の5つである。
・猿回しのサルを子どもの頃から二本足で歩くように訓練すると、背骨がヒトと同じようにS字形に湾曲することが知られている。
・「土ふまず」(足の裏のアーチ)はヒトにだけあり、サルの仲間には見られない。

7 脳とこころ
・基本的に体の右半身は左脳が支配し、左半身は右脳が支配している。しかし、目から出ている視神経は、半分は交差して反対側の脳につながっているが、半分は交差しないで同じ側の脳につながっている。このような仕組みが立体視を可能にしたと考えられている。
・ヒトの脳は内から外に向かって地層のような構造をしている。生命活動を維持する「脳幹」は魚類〜爬虫類の脳、本能や情動を司る大脳「旧皮質」は原始哺乳類の脳、感覚と運動を統合する大脳「新皮質」は高等哺乳類の脳、ものごとを理解して意志を生み出す「前頭葉」は人類で発達した脳である。

8 男のからだ・女のからだ
・性染色体の組み合わせ(XとY)によって性(XXが女、XYが男)が決定される。Y染色体のほうがX染色体よりも小さく、遺伝子の量が少ない。そのため、遺伝子に異常がある場合、女性は足りない部分を補える可能性が高いが、男性は補いきれずに異常が現れてしまうことが多い。色盲や血友病といった遺伝子が原因となる病気は男性に多い(女性の8倍という)。
・ヒトの脳の血管は壁が薄く、動脈硬化になると破れやすい。これは、類人猿から新人に進化する400万年の間に脳が3〜4倍も拡大して血管が無理やりに引き延ばされたためであると考えられる。

9 労働力としての人体
(この章では、ヒトとサルの解剖学的特徴について、10ページ以上にわたって73項目が列挙されている)


[新]ヒトの解剖 『[新]ヒトの解剖』
著 者: 井尻 正二 + 後藤 仁敏
発 売: 築地書館
定 価: 2,310円(税込)

「(解剖のことを)イギリス語では「アナトミー anatomy」といい、これはギリシャ語の「ana-temnein」に由来し、「ana」はイギリス語の「up」、「temnein」は「cut」を意味し、あわせて「cut up(切りつくす)」の意味である。つまり、解剖学とはたんに「切る」のではなく、とことんまで「切って切って切りまくる」(とことんまで真相を追求する)、という学問なのである。」
(「1 解剖の秘密」より)

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