運動科学

2003.07.06.

副題が「アスリートのサイエンス」、京大人気講義シリーズの1冊である。
(と書きつつも、このシリーズにどんな本があるのかは知らない、、、)

筋肉がどのようなプロセスで働いているかを知らなくても身体を動かすのに支障はない。有酸素運動と無酸素運動の仕組みを知らなくても運動は継続できる。
しかし、何らかの目的のために、運動能力の向上が切実に望まれるような場合には、正しいトレーニング方法を選択しなければならない。トレーニング方法の選択を誤れば、効果がないばかりか、身体を壊してしまう場合もありうる。

本書を読むことで、トレーニング方法を選択する際の指針が得られるのではないだろうか。
例えば、第1章では、筋肉が力を出すプロセスや力の発揮を継続する仕組みを解説しており、トレーニング方法が目的によって異なる理由を明らかにしている。
また、第3章では、脳による運動制御に関する最近の研究を紹介し、技術の向上に必要なポイントを明らかにしている

同時に、身体について解剖学的に正しい知識をもつことも重要である(第4章)。関節の構造を理解することが、無理のない動きの体得につながる。
(稽古雑感ページの「9.体の地図作り」も参照のこと)

第5章では、科学的に解明された運動に関する客観的事実が、運動をしている自分の実感とは異なる場合について説明している。題材として取り上げているのは、陸上の短距離走である。
速く走るためには、脚の後方スイングの速度を上げることが必要である。そのためには、「脚を真下に踏みつける」のような主観的イメージをもつのがよい。この場合、主観的イメージが客観的イメージと一致するとは限らない。また、同じ動作について、人によって主観的イメージのもち方が異なることもある。
(稽古雑感ページの「1.主観と客観のずれ」も参照のこと)

さらに、著者は二軸(左右の股関節を通る動作の基点となる二本の軸)感覚による動作の有効性を主張する(第6章)。中心軸感覚から二軸感覚への転換を図ることが、パフォーマンスの向上に欠かせない要件となるという。

「バランスを崩してそのバランスの崩れを修復する。不安定と安定という二面性が、左右二軸の移し替えによる二軸運動の本質といえます。不安定の中の安定を求めるのが、スポーツにおける巧みな動作といえるかもしれません」

第5章で、著者は自らの中学生時代のトレーニング体験(陸上競技)を通じて、誤解に基づいたトレーニングでは成果が上がらないということを語っている。
本書で展開されている議論の背景には、著者のこの実体験があるように思える。

以下、各章の概要を記す。

第1章 筋力発揮の科学
筋肉は太い(断面積が広い)ほうが強い。
大学生の男子と女子で男子の方が筋力が強いのも、パワー系競技の選手が一般人より筋力が強いのも、大学生がお年寄りより強いのも、筋断面積が大きいからだ。
絶対筋力は男女の区別なく、年齢にかかわらず、約6kg/cm2で一定である。
また、筋力発揮時に参加する筋繊維の数が多いと力が強くなる。
筋肉は「速い速度を出しているときは力は小さく、大きな力を発揮しているときは速度は遅くなる」という性質をもつ。
筋力トレーニングでは、スピードアップを目指すのか、もっと強い力を出したいのか、パワー(=力×速度)の向上を図りたいのか、目的に応じたトレーニングを行うことで成果が得られる。

第2章 運動時のエネルギー供給のしくみの科学
筋肉が力を発揮する際の化学的プロセスが説明されている。
「筋肉が疲労するのは乳酸がたまってくるからだ」と言われていたが、最近の研究では、乳酸もエネルギー源となることがわかってきた。
血中の乳酸濃度を調べると、ある運動強度を境にして急激に乳酸濃度が上がってゆく。この境目の運動強度を「乳酸性作業閾値」(閾値=いきち)と呼ぶ。
乳酸性作業閾値が高い選手のほうが低い選手よりも、より速い速度で、乳酸を産生しないで走ることができる。乳酸性作業閾値とマラソン記録の関係を調べると、両者は高い相関関係にあることが報告されている。
「運動強度が低いと有酸素運動、高いと無酸素運動といった区分は適切ではない。どんな運動強度の運動でも有酸素的代謝が機能している」(八田秀雄、東京大学大学院総合文化研究所)

第3章 脳と運動の科学的基礎
脳の運動野の神経細胞がどのように筋肉をコントロールしているのか、最近の研究成果が紹介されている。
個々の筋肉は個々の筋肉としてばらばらに動くのではなく、脳神経系とのつながりで統合的に動く。競技力向上のための筋力トレーニングでは、実際の動きや技術を考慮に入れながら、複数関節、複数筋の連動パターンにおける出力を鍛えることが課題となる。
「力を入れるのではなく、力を動かすんです」(清水宏保、スピードスケート選手)

第4章 ヒトの身体の動き
筋肉は関節をまたいで付着している。
この章では、肩、肘、膝などの屈曲に、どのような筋肉がどのように関与しているかが説明されている。
一般に、身体に関する知識が案外知られていない。例えば、身体は股関節から曲がる(前屈する)のであって、腰(腰椎)から曲がるのではない。また、腕は肩から始まっているのではなく、胸鎖関節から始まっている。
パフォーマンスの向上と、けがの予防は、共通の身体の使い方に根ざしており、身体に関する正しい知識が不可欠である。

第5章 走運動の科学
短距離走の一流選手の動きを解析したところ、速く走るためには、脚の後方スイングの速度を上げることが必要だとわかった。
しかし、一流選手は脚の後方スイングを速めるための練習をしているわけではなかった。彼らのコーチは、「脚をターンオーバーさせる」、「脚を真下に踏みつける」という指導をしていた。
実のところは、速く走るための客観的条件は誰にとっても共通なのだが、それを実現するための主観的イメージは人それぞれなのである。
さらに、二軸による重心移動の感覚で走る(あるいは歩く)ことの有効性が解説されている。

第6章 各種スポーツに見る二軸動作
二軸感覚の動きがなぜ有効なのかを追求している。
「走る」、「歩く」に加え「投げる」場合の二軸感覚の優位性について、砲丸投げや円盤投げ、野球の投球フォームを題材として説明する。
(二軸理論については、本書に引用されている 『コーチ論』[織田 淳太朗、光文社新書]も参考になる)

第7章 学生レポート紹介
著者の講義を受けた学生たちのレポートが紹介されている。


運動科学 『運動科学 − アスリートのサイエンス』
著 者: 小田 伸午
出版社: 丸善(京大人気講義シリーズ)
定 価: 1,995円(税込)


「これらの科学的知見は、主観的な感覚でとらえることができないものや、感覚でとらえた内容とずれていることがあります。運動を実践するときに、身体の中で起きている現象をすべて己の感覚でとらえることはできないのです。この意味において、スポーツにおいて科学の果たす役割は大きいと考えます」
(「プロローグ」より)

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