「奇跡」のトレーニング

2004.2.14.

新聞で講談社の広告を見た。本書は発売早々から部数を伸ばしているらしい。
講談社が発表した数字によれば、本書には少なくとも万単位の読者がいる。自分以外の読者は、どんな風に「初動負荷理論」を読んだのかなと思った。というのは、「初動負荷理論」の何たるかがつかみにくいな、という印象が私にはあったからだ。
本書の中では、「初動負荷トレーニング」とか「初動負荷マシーン・トレーニング」とか「初動負荷走法」「初動負荷ポジション」など、「初動負荷」という言葉がいろいろな使われかたをしている。ところが、これらの「初動負荷」という言葉が必ずしも同じ意味範囲を表現しているようには思えない。
こっちの場合とあっちの場合では同じ「初動負荷」なの?それとも違う意味なの?などと考えてしまうのだが、だんだんと、ここら辺にこだわってても得になるようなことはなさそうだなと思えてきた。
結局、単に従来の方法論や理論と区別するための記号として「初動負荷」という語が使われているのだな、と解釈することにして、「初動負荷」という語の内容にはこだわらないようにしたのだが、、、

そこで、いったん「初動負荷」という言葉を忘れて、小山理論のポイントを考え直してみた。
(著者の名前は「こやま やすし」と読む。間違えないようにしよう)

まず、本書のあちこちで著者が繰り返し言う言葉がある(ポイント1)。
「人間の身体の動きは、身体の中心部(体幹部)で生まれた力を末端に伝えていく、その伝わった力をせき止めることなくうまく使い、反射的・加速的に末端を動かすことで、末端部の道具としての作用が高まる」
ここで、「道具」というのは、「腕は肩から先、下半身であれば膝を含めた膝から下部」を指している。

反射的に末端を動かすとは、、、(ポイント2)
「主働筋の「弛緩−伸長−短縮」の一連動作を促進させる」
すなわち、
「最初は筋肉を弛緩させた状態とする。そこに筋肉を伸ばすような負荷がかかると筋肉は伸長性収縮による力を出していくことになる。張力が最大となったところで負荷を減少させていくと、筋肉は短縮性収縮に切り換わり、負荷の減少が適切であれば収縮速度は加速し、パワーの増大が期待できる」

著者は、野球やサッカー、テニス、ゴルフなどの競技を取り上げて、具体的な解説を加えている。どの競技でも“ポイント1”と“ポイント2”が小山理論の中心にあるように思われる。
さらに、競技個別の説明の中からポイントを拾い上げてみる。

走るときのスタート姿勢やゴルフの動作姿勢で重要となるのは、、、(ポイント3)
「この3つの関節(引用者注:股・膝・足首)が一直線に揃うポジションが、地面を自然に強く押して、地球から反作用の力をもらえるポジションです」
特にゴルフの項では、身体の捻りよりも重要なことだと解説している。
「骨盤の前傾ポジションと三関節ラインが直線的に揃うと、地面を押す力が強くなります。骨盤と三関節ラインでこの地面を押すという作業は、「捻る」という作業よりもはるかに大切で、大きな大きな力を楽に発揮してくれるのです」

バッティングでボールを見ることについては、、、(ポイント4)
「ボールをしっかり見ると、目が緊張します。目の緊張は首を緊張させ、肩・腕も緊張させます。この状態で反射的にバットを出すなど、至難の業です」

また、バットの振り方については、、、(ポイント5)
「バッティングでは、身体が横回転の運動をするので、バットは縦に落とさなければ身体の力をバットに伝えられません」
バットを横に振ろうとすると、ヘッド部分の重さがあるために腕や肩が緊張してしまうのだと述べている。ただ、「落とす」という動作については「バットの自然落下さえ腕が邪魔することが多い」と述べ、難しさを強調している。

各所に現れる著者の生理学的知見、解剖学的知見には感心させられるものがある。直接読んでいただければ、私が見つけていないあなたの“ポイント6”“ポイント7”がきっと見つかると思う。

著者が初動負荷理論の定義として提示する内容は、“ポイント2”である。すなわち、
『反射の起こるポジションへの身体変化及び、それに伴う重心位置変化等を利用し、主働筋の「弛緩−伸長−短縮」の一連動作を促進させると共に、その拮抗筋ならびに拮抗的に作用する筋の共縮を防ぎながら行う運動』
この定義から、小山理論では「負荷」の量だけが主題なのではなく、別の要素をいくつか含んでいることがわかる。例えば、負荷を与える方向は主働筋を伸ばす方向なので、目的の運動とは異なる方向に負荷を与えることになる。これだけの内容を表すのに「初動負荷」という4文字だけでは、それこそ荷が重いのではないだろうか。
一方、この定義には、“ポイント1”の内容は含まれていない。ということは、小山理論のすべてが「初動負荷」という語で表されているのではない、ということになる。
こうして用語法につっこみを入れるのは、「もったいない」と思うからである。用語の意味を整理するだけで、ずっと読みやすい本になるのに、、、(でも、万単位の読者がいるのだから、大きなお世話かもしれない)

今やスポーツや運動について、いろいろな人がいろいろな理論を唱えるなかで、著者の理論は決して特別な理論ではなくなってきたが、最近流行りの「武術」に迎合しない点は素晴らしいと思う。(武術に関心をもつ者がこういうのは変かな)
また、著者がその理論を実践の場で試し、実績を上げ、周囲の批判に応えてきたということは特別のこととして評価できると思う。


奇跡のトレーニング 『奇跡のトレーニング』
著 者: 小山 裕史
発 売: 講談社
定 価: 1,575円(税込)

「トレーニングでは、身体根幹部の筋群を十分伸長させることが大切です。身体根幹部の筋群で力を発揮、その筋力から出た力をうまく使って手足などの末端部を動かせばよいのです。末端部に位置する腕や膝、ふくらはぎの筋肉はリラックスが必要で、できる限り余計な力を発揮させたくありません。この動作形態が初動負荷理論の特徴です。末端部の筋肉が大きく出力すれば、せっかく身体根幹部で作りだした力が生かされず、むしろ動きが硬くなり、加速度が制限されます。」
(「初動負荷理論……少しだけ勉強を」より)

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註:
SSC(Stretch Shortening Cycle)
これは生理学用語。筋が内的または外的な力によって引き伸ばされたときに反射的に生じる、通常の収縮を超えた筋収縮のこと(およびその一連の作用)を言う。急に伸ばされた筋の断裂を避けるための働きと思われる。
私がこの用語を知ったのは『ピッチングの正体』(手塚一志、ベースボール・マガジン社)という本。投球動作のなかに「ストレッチ・ショートニング・サイクル」が取り入れられている。
小山理論の“ポイント2”はまさにこのSSCを利用することだと思うのだが、明示的には説明されていない。小山さんがなぜこの用語を使わなかったのかがとっても不思議。

補足:
著者は「終動負荷」という語を「動作終盤にまで負荷をかける動作やトレーニングの総称」と定義しているが、これは誤解を招きやすい表現だと思う。表記の上では「初動」と「終動」で対になっているが、意味する内容が対になっていないからである。「終動負荷」の定義から連想される「初動負荷」の定義が「動作初期の負荷強度を増す」ことになってしまうのは避けられないと思うのだが、、、

余談:
主働筋が力を出すのと同時にその拮抗筋が力を出すと「共縮」という状態になる。小山さんは「共縮状態のない身体を作ろうとするのが初動負荷理論、初動負荷トレーニング」と述べている。
これを説明するときに「自動車の急発進と急バックを同時に行っているようなもので」と書いているのだけど、これってもしかして「ブレーキを掛けながらアクセルを踏む」という表現を使いたかったのではないだろうか。自動車の構造上、前進と後退は同時にはできないわけで(ギヤを切り替えないといけない)、、、