『オシムの言葉』

2006.3.24.


「夢ばかり見て後で現実に打ちのめされるより、現実を見据え、現実を徐々に良くしていくことを考えるべきだろう?」

私が初めてオシムという監督に注目したのは、「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか?」という発言を新聞で読んだ時だったと思う。Jリーグを取材するマスコミ関係者やサッカーファンの間では、すでに話題の人だった。

イビツァ・オシムは1941年、ボスニア(旧ユーゴスラビア)に生まれ、13歳で地元のサッカークラブに入団する。学業成績も優秀で大学からの誘いがあるほどだったが、家族のためにサッカーのプロ選手になる。
オシムはドリブルの名手で、「シュトラウス」とあだ名された。ワルツを踊るかのように華麗にボールをさばいたからだ。
オシムはフランスで選手生活を終え、祖国に帰って監督になる。監督としても手腕を認められ、1986年にユーゴスラビア代表の監督に就任し、1990年にはイタリアで開催されたワールドカップに出場している。
だが、1989年にソビエト連邦が崩壊し、東欧諸国の民主化が始まると、ユーゴスラビアでも民族主義が勢いづいてくる。祖国解体のプロセスが表面化し、代表チーム選手たちの出身地同士が戦争状態に突入していく中で、オシムはユーゴスラビア代表の指揮を取り続けた。

1991年からの長い紛争の後、2003年2月、ユーゴスラビアという国名は消滅する。
紛争の間、オシムはユーゴを出て、ギリシアのチームの監督を1年勤めた後、オーストリア・リーグのシュトルム・グラーツというチームに移籍している。オシムが監督に就任してから3年後にグラーツはリーグ優勝を果たした。

「どんなに悪いプレーをした時でも、叱った上でそれでも使う。ミスをした選手を、それだけで使わなくなったら、どうなる? その選手はもうミスを恐れてリスクを冒さなくなってしまうだろう。いつまでも殻を破ることができない」

そしてオシムは、ドイツやフランスなどのビッグクラブの誘いを蹴って、日本のJリーグにやってきた。日本サッカー界にとってはこの上ない幸運な出来事だった。野球に例えて言えば、王監督がオランダの野球チームの監督になるようなものだ。

それにしても、私が驚き、呆れたのは「ライオンに追われたウサギが〜?」というオシムの発言について、元Jリーガーのサッカー解説者N氏が「ウサギは命がけで逃げるから、肉離れなんかしない」という解釈を語ったときだった。選手も必死で走れば、肉離れなんかしないのだという根性論にしてしまっていた。

「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか? 要は準備が足らないのです」

N氏は「準備が足りない」という部分を聞き逃したのだろうか、あるいは、その部分まで知っていながら精神論に走ってしまったのだろうか。いずれにせよ、解説者としては失態であろう。オシムは選手としてプレーしているときに肉離れなど起こしたことがなかった。
イビツァ・オシムのサッカー観を示す言葉がある。

「走れなかったら、どうやってサッカーをやるんだ? ボールを持っていたら相手が取りに来る。取られないためには走る。取られたら走って奪いに行く。そんなのはルール以前の話だ」

当然、ただ闇雲に走ればいいということではない。オシムは「賢くプレーすれば(5秒先を読めれば)、40メートルのダッシュをしなくてすむ」という意味のことも言っている。しかし、それは「走る」ことを前提とした「走り方」の問題であり、質の高いプレーができても、走れなくなったらピッチに立つべきではないのだ。
オシムは2003年1月にジェフユナイテッド千葉(当時は市原)の監督に就任した。オシムがジェフユナイテッド千葉に来て最初に始めたことは、選手たちをとにかく走らせることだった。
そして、Jリーグが開幕すると、いきなり2連勝する。相手チームの監督が「最も戦慄を覚え、影響を受けた試合」と言うほどのパフォーマンスを見せる。
それ以来、Jリーグの下位に低迷していたチームが優勝争いに加わるようになり、2005年のナビスコ杯(Jリーグのチームによるトーナメント戦)を制するまでになった。

「本当に強いチームというのは夢を見るのではなく、できることをやるものだ」

オシムのまいた種が日本に根付いてくれることを祈りたい。


オシムの言葉 『オシムの言葉』
著 者: 木村 元彦
発 売: 集英社
定 価: 1,680円(税込)

「家を建てるのは難しいが、崩すのは一瞬。サッカーもそうでしょう。攻撃的ないいサッカーをしようとする。それはいい家を建てようとする意味。ただ、それを壊すのは簡単です。戦術的なファウルをしたり、引いて守ったりして、相手のいいプレーをブチ壊せばいい。作り上げる、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか」
(第8章「リスクを冒して攻める」より)

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注:
オーストリアの作曲家ヨハン・シュトラウスはご存知だろう。ワルツ王として知られている。
例えば、「美しく青きドナウ」は誰もが知っている、超がつくほどの有名曲。
この曲を聞くと(題名を聞くだけでも)いつも思い出すのが、スタンリー・キューブリックの代表作『2001年宇宙の旅』の始めのほうの宇宙旅行のシーンである。

補足:
1990年イタリアのワールドカップでは、ユーゴスラビア代表は予選リーグを突破し、準々決勝でマラドーナ率いるアルゼンチンと激突。前半に退場者を出し、ひとり少ないまま戦い続け、PK戦で惜敗。

参考:
「オシム監督語録」が掲載されているジェフユナイテッド千葉の公式サイトはこちら