『ホジュン』

2007.6.16.

『ホジュン』は、『小説 東医宝鑑』という大ベストセラーを原作として、韓国で1999年に放映された大河ドラマ(全64話)である。レンタルされているのをご覧になった方もおられるだろう。

ホ・ジュンとは主人公の名前で、漢字では「許浚」と書く。朝鮮王朝の第14代国王、宣祖(ソンジョ)に使えた実在の医師をモデルにしたフィクションである。(日本では戦国時代が終わり、豊臣秀吉の朝鮮出兵が行われたのがまさにこの頃のこと)

『小説 東医宝鑑』は、日本では『許浚 − 医の道に辿りつく』(桐原書店、2003年)と題して翻訳され、現在は文庫版として『ホジュン 宮廷医官への道』と改題されて出版されている。本稿で取り上げているのは、この文庫版のほうである。

許浚の名が今に残るのは、『東医宝鑑(とういほうがん、ドンイボガム)』という有名な書物を編纂したからだ。23編25巻という長大な医術書で、江戸時代の日本で刊行されているだけでなく、中国(清)でも出版されるほど高く評価された朝鮮第一の医書なのである。

『ホジュン』公式サイト(http://www.koretame.com/hojun/)によると、ドラマ『ホジュン』は視聴率が60%にまで達するほどの大好評となり、漢医学の人気が高まり、大学の漢医学科の競争率が急上昇するなど、数々の影響を残したという。(『大長吟』(日本でのタイトル「宮廷女官チャングムの誓い」)が放映されるのは、3年後のことで、演出は同じイ・ビョンフン)

文庫本3巻で優に1000ページを超える大長編だが、読んでいて飽きない。
厳しい身分制度の下で懊悩しながら生きる人々、医術とはなんぞやと厳しく問いかける師匠、さらに高い地位を得ようとし自身の地位をおびやかす危険があれば優秀な人材でも排斥しようとする御殿医、そのような医者に追随する者たち、ひたすらに主人公を信じ支える母と妻、気分次第で人をそしり、褒めそやし、無責任に噂を広める市井の人々。
あるときは、漢方医学の一端に触れ、そのレベルの高さに目を開かされ、またあるときは、医療行為・医者のあるべき姿について考えさせられる。
かと思うと、「九鍼之戯(きゅうしんのぎ)」という医者同士の対決が描かれる。同じ国に暮らしながら異なる世界にいる二人の医師が、命を賭けて鍼灸術の腕を競うのだ。

「しかし、賭けに敗れたとき、わしになにを渡すのだ」
「私の目を一つ抉(えぐ)り出し、差し上げましょう」

ところどころにこうした読ませどころが待っていて、止められなくなってしまう。
『チャングム』では最高尚宮(チェゴサングン)の地位を賭けた「競い合い」がドラマを盛り上げていたが、「ありえない」と心の片隅で思いつつもはまってしまうのだ。

この「九鍼之戯」の主役はホジュンではない。自分の目を差し上げようと言っているのは、ホジュンの医術の師、柳義泰(ユ・ウイテ)である。この師匠がすごい。この人物が『ホジュン』という小説の大黒柱なのだ。

「本のどこを見ても必ずという言葉はないのだ」
「一言でいえば、病人の症状が本にいちいち書かれているのではない。おおよその症状が記されているだけのことだ。だから、その大体の症状に対する処置を、そのまますべての人に当てはめること自体、無理である」

「人が冬に米を食べることがとくに身体にいいわけと、夏には米飯より麦を食べることがとくに身体にいい理由を答えられるかな」

「水も水によりけりだ。医員が選んで使うべき水は三十三種類にのぼる」
「水をこれほどまでに細かく分けるのは、水とは飲んで得になる水と、飲んでは害になる水があるからだ」

これらはすべて柳義泰の言葉だが、見習い時代のチャングムがハン尚宮(サングン)から最初に学んだのが水だったことを思い出す。
『ホジュン』における柳義泰の存在は、ハン尚宮とチェ尚宮を合わせたよりも大きいくらいだ。(って、『チャングム』を見てない人にはわかりにくい例えだが、、)

チェ尚宮というのは、主人公とその師匠(ハン尚宮)の敵にあたる人物なのだが、柳義泰のホジュンに対する仕打ちというのは、敵に対しての仕打ちじゃないかと思うほど。しかし、それでも、どんなに冷たい言葉を投げつけられても、ホジュンにとって柳義泰は唯一無二の師匠なのである。

ホジュンが取才(当時の医師試験)に合格して内医院(王族のための医療機関)に勤務するようになったとき、師の柳義泰はすでにこの世の人ではない。しかし、、、

柳義泰(ユ・ウイテ)の存在感は圧倒的である。

地デジその他のテレビ放送でTV版『ホジュン』を見ている人たちが本当にうらやましい。



ホジュン 『ホジュン』(上・中・下)
著 者: 李 恩成(イ・オンソン)
訳 者: 朴 菖熙(パク・チャンヒ)
発 売: ランダムハウス講談社
定 価: (上)950円 (中)880円 (下)900円 税別

「医学とは実際の学問なのだ。たとえ世間では学問と評価されず単なる技術とみなしても、また世間でなんと決めつけようとも、医学は、ほかの学問のように耳で聴いて覚えるだけではわかったことにならない。自分の目で見、自分の手でこなして初めて用が果たせる。証(あか)しの学問なのだよ」
(第3章「薬草採り七年」より)

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注:
実はこの小説は未完成である。著者が急逝したために途中で終わってしまう。
(ああ、ドラマ版を見るっきゃないか、、、)

補足:
『東医宝鑑』については、例えば、ウィキペディア(Wikipedia)の該当ページをご覧ください。