『時速250kmのシャトルが見える』

2008.8.24.

本書は、スポーツ誌「VS.」に2004年11月号から2006年5月号にかけて連載されたインタビューをまとめたものだ。世界を舞台に闘う日本のトップアスリートが実際に現場で感じていることを伝えてくれるインタビューである。

私は不覚にもこの連載を知らなかったが、スポーツの専門家ではなく、アフォーダンスの佐々木正人に白羽の矢を立てるという企画がうれしい。佐々木正人さんって何している人?と思うような読者でも、ひと味ちがったインタビューが楽しめると思う。

まずは、バドミントン、オグシオの片割れ、潮田選手から。

佐々木 バドミントンを始めたのは何歳ですか。
潮田  6歳からです。
佐々木 バドミントンのシャトルは、一流の女子選手のスマッシュだと初速が時速250km。8m飛んでレシーブ時には時速50kmに減速すると言われています。その間わずか0.3秒。この独特な動きになれて、さらに自分は人とは違うようにシャトルを扱えるようだと感じたのは何歳くらいですか。
潮田  小学校3年、始めて4年めぐらいです。自分では普通に打っているのに相手が捕れないとか、普通にやって勝てる感覚がありましたね。


北京オリンピックの女子卓球の決勝戦を観たが、中国人同士の対戦に目が離せなくなってしまった。とにかく速い。あきれるほど速い。ラケットに球が当たっているだけでも驚きなのに、球を送り出す角度、球に与える回転、球速の緩急の変化など、めまぐるしい攻防がほんの数秒のうちに展開される。
卓球選手の動体視力はボクサーをしのぐほど優れているという。

佐々木 打球の速度は時速140kmで到達までが0.2秒。全身の反応時間が0.3秒ですから、いわゆる反射よりも速い。
    (中略)
佐々木 減速せずに走っている新幹線の窓からホームに表示されている駅名は見えますか。
松下  見えますよ。寝ていて目を開けて「ああ、今、浜松か」とか、すぐわかります。


ボート競技の選手は両脚を曲げ伸ばして胴体をスライドさせ、この体重移動にシンクロさせながら腕の曲げ伸ばしも使ってオールを漕ぐ。たいへんハードな全身運動だが、同時に、オールの操作に関しては繊細な感覚を要求されている。

佐々木 オールを水に入れるのは雪の壁にピッケルを打ち込むような感じだと聞いたことがあります。
武田  というよりも、豆腐に包丁を入れる感じですね。豆腐に包丁を入れて壊さないで後ろへ持っていくような感じです。水を壊しちゃ絶対にダメです。
    (中略)
佐々木 オールが水面に入るときの泡が目安になるそうですね。
武田  僕の泡がいちばん少ない。あと、音を聞くとわかります。ほんとにチャポッと小さな音です。


体操選手の身体は筋肉の鎧(よろい)を身につけているように見えるが、この選手は筋肉は重いからいらないと語っている。

佐々木 すごい筋肉ですが、マッチョではない。
鹿島  筋肉は重いですから、邪魔になるようなものはつけません。体操の練習をすれば、それがウエートトレーニングにもなりますから。

この部分を読んで思い出したことがある。
先日、プロ野球の清原和博選手が引退を表明した。その清原選手について、私の知り合いがこんな意見を口にした。「清原は高卒ルーキーの頃からホームランを打っていた。筋肉なんか付けなくてもホームランが打てたのに、筋トレなんかするからかえって打てなくなった」と。
私は納得して聞いていたが、皆さんはいかがだろう。
(筋トレについては、感想文ページの「22.『使える筋肉、使えない筋肉』」も参照のこと)


シンクロナイズド・スイミングの選手の適応力(つまりは人間の環境に対する適応力なのだが)には驚かされる。練習がないときは、「早く水に入りたい」と思うようになると言うのだ。

武田  (何年練習したかという質問に)21年です。長い日は10時間以上の日もありました。
佐々木 計算すると7、8年は水の中にいたことになります。普通の人であれば1時間も水の中にいると疲れてしまう。1日の半分近くも中にいて、水とはどういうものですか。
武田  すごくリラックスできる場所ですね。ただ浮かんでいるだけで水の中に溶け込んでいくというか、そういう感じです。(中略) 水から離れた生活のときには、「あー、水に入りたいなあ」ってすごく思いますね。身体全部がゆだねられる感覚の大きなものとしての水です。

さらに数ページ後にはこんな会話がある。水中のほうが息を止めているのが楽なのだという。

佐々木 水が頭を押さえていてくれる。とにかく水面下に頭が入っていれば、楽なんですね。もう、魚ですね。
田中  逆さになるとホッとしてました。(中略) 引退して2、3年は「ああ、頭が上ばっかりで嫌だなあ」「早く頭を下にしたいなあ」って思ってました。そのうち脚が重くなって張ってくる。
武田  むくみますね。水中生活をやめて脚がむくんで、あと頭痛がする。
田中  そうそう。あと心臓が痛くなる。新幹線や飛行機に乗るとよくみんな脚を上げてます。耐えられないんです。
佐々木 完全に水に適応しているんですね、身体が。


スポーツ選手が感じている世界をマスコミは十分に伝えてくれているだろうか。
まだ息が整わないうちに選手を呼び寄せ、あらかじめ答えが予想されているような質問をインタビュアーが繰り返すのはもう止めてほしいと思う。
(テレビを見ていてよく思うのは「ボクはあなたたちを視聴者の代表に選んだつもりはないぞ」ということ)
視聴者の涙を誘うとか、笑いをとるとか、スポンサーを喜ばせるとか、何かのスポーツ理論の証明に使うとか、そのような下心のない、選手が感じているものをそのまま引き出すようなインタビューを工夫してほしい。



時速250kmのシャトルが見える 『時速250kmのシャトルが見える』
 著 者 : 佐々木 正人
 発 売 : 光文社(光文社新書)
 定 価 : 740円+税

「事故などで膝から下を両脚とも切断した人のリハビリにプールで泳ぐというメニューがあるそうです。最初は水に入っても誰もが短くなった大腿部を使ってバタ足をするそうです。ただし下脚がないバタ足では水をほとんど捉えられませんから推進力がほとんどない。水にプカプカ浮かぶだけです。しかしそうやって数時間あるいは数日間プールの水に浸かって動いているうちに変化が起こる。特に指導をしなくてもたいがいの人の身体はそれまでの上下動ではなく大腿部を左右に揺らすような動きになる。やがて魚が水の中を泳ぐような、背と腰をくねらせる水平運動がはっきりとあらわれてくるそうです」
(「はじめに スポーツの環境について」より)

バック ネクスト ホーム

補足:
清原選手が、2000本安打、500本塁打、1500打点を達成した、日本プロ野球史上に残る打者であることは間違いありません。

蛇足:
タイトルといい発売時期といい、北京オリンピックをターゲットにしたのは間違いないでしょう。本の写真の腰巻きはわざと外さずにスキャンしました。
オグシオ人気にあやかろうという下心ですが、、、