『鍼灸の挑戦』

2009.5.5.

私は、はり治療を受けたことがない。
はり治療だけでなく、そもそもほとんど医者にかからない。
太極拳を続けているおかげなのか、ときどき風邪を引くことはあっても、体調を大きく損ねるようなことがない。花粉症も発症していない。
だから、どの医者に行こうかとか、どんな薬が効くのかとか、あまり考えたことがない。
しかし、この先は何が起こるかわからない。
本書を読んでみて、いざという時には鍼灸(しんきゅう)という選択肢もあると思った。

「鍼灸は現在、100カ国以上で臨床に取り入れられ、何十万人もの治療家が採用する、地球上で最も普及した伝統医療になっている」
(「プロローグ−なぜいま鍼灸か」より)

鍼灸にこれだけの世界的な広がりがあることをご存じだったろうか。

「代替医療」という言葉がある。日本人が大好きな野球に「代打」という言葉があるせいか、「代替医療」には本来の医療に対する補助的な代替品というイメージがつきまとう。

「代替医療」とは、欧米で現代医学以外の療法を意味する言葉「alternative medicine(オルタナティブ・メディスン)」の訳語であるが、「alternative(オルタナティブ)」とは、

1.〈AかBかの〉二者択一(の事態、必要、余地)
2.(2つのもののうち)一方、(…の他に)取りうる道、(…に対する)代替案、代替手段
3.(3つ以上のうち)選ぶべきもの;選択の対象となるもの
(ネット版の「プログレッシブ英和中辞典」より抜粋)

といった意味だ。
選択の対象となるものに優劣(主従)はつけていないのである。

一方、「補完医療」という言葉もある。こちらは「complementary medicine(コンプリメンタリ・メディスン)」の訳語である。「complementary(コンプリメンタリ)」とは、

1.(…を)補充する、(…に)補足的な((to ...));引き立てる
2.互いに補い合う、相補の
(ネット版の「プログレッシブ英和中辞典」より抜粋)

といった意味で、ある対象の何か不十分な部分を補って完全なものにするというニュアンスがある。こちらのほうが補助的な代替品のイメージに近い。

「日本補完代替医療学会」という団体がある。この団体の英語名は「The Japanese Society for Complementary and Alternative Medicine」となっており、「代替医療」および「補完医療」双方の観点を名称に取り入れている。
こちらのホームページでは、「(医学校で教えていない療法のなかにも)現代西洋医学と同等かあるいはそれを凌駕する医療が存在する」との認識を踏まえ、「代替医療」という言葉を使用しているという。

本書では、日本各地の鍼灸師と鍼灸術を紹介している。ベテラン、名人、若手、各人各様の工夫があり、勉強になる。
読みやすい文章で、鍼灸のバリエーションの豊富さ、奥の深さに感心しながら、飽きることなく読み進むことができる。
療法の詳細は本書に譲るが、風邪・アトピー・近視・婦人病・うつ病・身体各所の痛みなどなど、私の想像を超えた広い範囲に適用されていることを知った。

鍼灸療法は、現代医療を補完する療法としても、また、現代医療を代替する療法としても有効な療法なのである。

「家庭で親が子どもにできることはたくさんあります。日本も、昔は親がお灸などをしていたわけです。代替医療を基礎とする家庭療法が底辺にあって、それで間に合わないときに治療院やクリニック、病院に行くのが望ましい。欧米は、これからそういう方向に行くと思います」
(「第1章 鍼灸−自然治癒力の医術」)



鍼灸の挑戦 『鍼灸の挑戦』(岩波新書932)
 著 者 : 松田 博公
 発 売 : 岩波書店
 定 価 : 700円+税

「(引用者注:冬になると老人や病人が肺炎で亡くなる記事が見られることから) 中国医学の古典『黄帝内経素問(こうていだいけいそもん)』には、「久しく臥せば気を傷る(やぶる)」とある。中国医学では気をつかさどるのは肺だと考えている。「長く寝ていると自然治癒力が衰え、肺炎になるのは古代以来の中国伝統医学の常識。それを知らず、老人や患者の処遇を誤り、死ぬ人が出ているんです」」
(「第1章 鍼灸−自然治癒力の医術」より)

バック ネクスト ホーム

補足:
巻末に「本書に登場する鍼灸師・医師」というページがある。