『単純な脳、複雑な「私」』

2009.6.3.

今、Googleで「脳科学者」を検索すると、茂木健一郎とキムタクがたくさん表示される。
茂木さんはNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で顔が売れているし、キムタクは新番組『MR.BRAIN』が話題になっている。
でも、脳を知りたいならこれでしょう、とお勧めしたいのが本書であり、池谷裕二である。

「私たちの心には、「意識できるところ」と「意識できないところ」があるってことです。意識と無意識ですね。そして、どっちの世界が広大かといえば無意識。つまり、私たちの行動や思考のほとんどは無意識的な振る舞いです。でも残念なことに私たちは、(中略)その意識できている自分こそ、自分のすべてであると思い込んでしまいがちなんですよ」
(「第1章 脳は私のことをホントに理解しているのか」より)

やはり、ここである。無意識の世界のほうがはるかに大きい。
すでに稽古雑感ページの「37.脳はなにかと」でも強調していることであるが、ここを前提にしていないと思考の道筋を誤ってしまいそうな気がするのである。

スポーツの世界、芸事の世界、職人の世界で、なぜあれだけの厳しい稽古や長期間に渡る修練が必要なのか。
無意識の世界に働きかけることが必要だからである。無意識で行っていることを意識化し、新しい方法に置き換え、無意識の世界に戻す。それを繰り返し、繰り返し、繰り返す。
「技」の世界は、無意識の世界である。意識という移ろいやすい不安定なものをあてにしていては、実用に耐える「技」にならないのだ。
(おっと、これは私の意見。本書の内容とは無関係)

意識のどこがあてにならないか。
例えば、記憶であり、食べ物や洋服の嗜好性であり、視覚である。
食べ物の好みに移り変わりがあったり、食わず嫌いがあったりなどは、誰でも経験することだ。
映画のタイトルや主演俳優を間違えることなど珍しくないし、聞き覚えがある歌が自分が何歳のときに流行ったかなどあいまいなことが多い。

本書では「変化盲(へんかもう)」と呼ばれる現象が紹介されている。

役所やホテルなどのカウンターで書類に名前や住所などを記入して相手に渡す、そのようなシチュエーションに関する実験がある。この実験では、記入者が書類に記入している間に担当者を入れ替えてしまうのである。ところが、担当者が入れ替わったことに気がつく確率は10%〜20%以下だという。担当者が「痩せた人から太った人に変化しても、さらに、女性から男性に変わってさえ気づかない」というのだ。

さらに「選択盲」という現象も紹介されているので、ぜひ本書にあたってみてほしい(あるいはネットで調べてもわかるが)。

目で見ていることも当てにならない。視覚で認識している事柄は事実ではないようなのである。
本書の発売と連動して、単純な脳、複雑な「私」動画特設サイト(←左記をクリック)なるものが設けられている。このページに「15ドットの人間」という動画が掲載されている。
暗闇の中、身体の15か所にLED(電球でもいいけど)を付けた人間が歩いている、ように見える動画である。
そう、ただ「歩いているように見える」だけなのである。動いているのはただの点。15個の点。でも、何の説明が無くても人が歩いているように見えてしまう。
この動画は、「ゲシュタルト群化原理」と呼ばれる視覚の機能を示す例である。「へのへのもへじ」が人の顔に見えるのも同じ作用である(顔文字も然り)。

この「動画特設サイト」にある「ピンク色の斑点が消える」という実験も面白い。あるはずのない緑色が見えたり、あったはずのピンク色が消える(消えたように見える)という現象が体感できる。

ところで、意識の世界には「意志」がある(と思われている)が、これが疑わしくなってくる実験が紹介されている。

「被験者にイスに座ってもらって、テーブルに手を置く。目の前の時計を見ながら、好きなときに手を動かす、ということを試してみた。そして、脳の活動を測ったんだ」
(「第3章 脳はゆらいで自由をつくりあげる」より)

この「手を動かす」という現象を次の4つのイベントに分ける。
@動かそう(と意識する)、A動いた(と感じる)、B(動くために脳が)準備する、C(脳が指令を出して)動かす。
実験の結果は(わざわざこのような実験をするくらいだから、当然常識的な結果ではない)、B、@、A、Cの順である。

手を動かそうと思った時には、手を動かす準備が始まっている(?)。手を動かす前に手が動いたと感じている(?)。(そんな馬鹿なぁ〜)

そうだとすると、太極拳をしているとき、脳が先行して動きを準備し、意識は後追いで「次はこうしよう」と思っていることになるのだろうか。
(たぶん、そうなのである。。。)

この実験は「25年ぐらい前」に行われ、「脳の研究者のあいだでは有名」だという。
実は、感想文ページの「38.『マインド・タイム』」でその研究を紹介している。参考にしてほしい。
(注.上記の実験結果の順、B、@、A、Cのうち、B→@のことが『マインド・タイム』で書かれているのは理解したが、A→Cについては私は『マインド・タイム』からは読み取れなかった。まだA→Cについて納得できる材料を私はみつけていないのだが、ここでは、著者の説明をそのまま紹介した)

いくつかの事柄を断片的に紹介した。なんだか、収拾がつかなくなってきた。
他にも興味深い研究が紹介されているが、それは別の機会に譲りたい。

ただ、我々は無意識の世界の存在を考えずとも生きてこられたのだし、その存在が直接にはわからないからそれは無意識なのだし、今まで通りに生活し、太極拳の稽古をしていてよい(そうするしかない?)のである。



単純な脳、複雑な「私」 『単純な脳、複雑な「私」』
 著 者 : 池谷 裕二
 発 売 : 朝日出版社
 定 価 : 1,700円+税

「その創発の産物のひとつが「心」だ。だからこそ、「心」って予想外な産物だったし、それゆえに、崇高でさえある。でも、創発って、実のところ、驚くほど少数の簡単なルールの連鎖で勝手に生まれてしまうもの。それを、僕らが一方的に「信じがたい奇跡」に触れたかのように、摩訶不思議に感じているだけ。」
(「第4章 脳はノイズから生命を生み出す」より)

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補足:
視覚には、隠されている部分を勝手に補足するという作用(パターン・コンプリ-ション)もある。これを説明するための図がまた面白いのである。「第2章 脳は空から心を眺めている」の「2−7 部分から全体を類推する」を参照。