『脳の中の身体地図』

2009.8.3.

「ミラーニューロン」という単語を聞いたことがおありだろうか。
まずは、その発見のエピソードから、、、

1991年の夏、イタリアのパルマ大学、神経科学研究室でのこと。
そこでは、サルの脳に電極をいくつも埋め込んで、物を握るときに脳のどこが働くか、どのニューロンが運動に関与しているかを調べていた。それらの電極が特定のニューロンの活動(発火)を検知すると音が鳴るようにモニタがセットされていた。

「この日、ひとりの大学院生がコーン・アイスを片手に、ふらりと研究室に入ってきた。部屋の向こうからサルがまじまじと見つめてくる。学生もちらりとサルに目をやる。いつものことだ。ところが、学生がアイスクリームをなめようと口元にコーンを運んだとたん、驚くべきことが起こった。モニタから音がする。ビー、ビー、ビー」
(「9章 鏡よ、鏡」より)

サルは動いていない。しかし、運動に関わる脳領域の活動をモニタが検知している!
偶然ではなかった。ピーナツでも同じことが起き、バナナや干しぶどうでも、運動領域の脳が反応していた。
パルマ大学の研究者たちは3年の月日をかけて実験を重ね、「ミラーニューロン」に関する初めての論文を発表した。
新たに発見されたニューロンは、自分が手を動かすときに活動すると共に、自身が観察した他者の「手を動かす」行為にも反応する。ミラーニューロンは手や口やエサなどの物に反応するのではなく、それらの物に関する運動(意図と目的をもつ行動)に反応する。
また、ミラーニューロンの中には、決まった動作でなければ絶対に発火しないものもあれば、動作の大まかな目標に反応するものもある、という。

ミラーニューロンの発見はサルの脳から出発し、人間の脳でも次々と発見された。当然ながら、人間のミラーニューロンの能力はサルのそれをはるかに凌駕していた。

「たとえば、誰かが何かをしているところ――ここでは。ほうきを使っていることにしよう――を見ると、あなたは自分の脳内でその行為を自動的にシミュレートする。掃除をしている人の行為を理解できるのは、その行為のテンプレートが自分の運動マップに備わっているからだ。誰かがボールを投げようとするように腕を後ろに引くのを目にしたときにも、あなたの脳内にはその動作のコピーがあって、その人物が何をしようとしているか理解するのに役立ってくれる。彼の意図が読めるのだ。彼が次に一番しそうなことは何か、わかるのである」
(「9章 鏡よ、鏡」より)

とはいえ、ミラーニューロンにも限界がある。
自分が実行できないことには反応しようがないからである。ピアニストが他のピアニストの演奏を聴けば、ピアニストのミラーニューロン系はその演奏者の指の運びを自動的にエミュレート(模倣)しているが、ピアニストではないわたし(やあなた)の脳ではそのようなエミュレートは行われない。実際に演奏するということがどういうことなのかわからないのだから。
スポーツも同様である。スポーツの能力に優れている人ほど、目で見たときの理解(エミュレート)が深くなる。

さらには、赤ちゃんの言語理解にもミラーニューロンが関わっているという説がある。

「言語野は、赤ん坊が他の人々の唇と舌の動きをまねて理解しながら言葉を覚えていくにつれて、ミラーニューロンによって形成されていく。(中略)誰かが“ママ”と口にするのを赤ん坊が見たり聞いたりした場合にも、赤ん坊自身がこの二音節を口に出したときにも、ミラーニューロンが活性化する。これは同一のニューロン群である。言語を生み出す脳の構造物そのものが、その理解にもかかわっているのだ」
(「9章 鏡よ、鏡」より)

また、子供たちの模倣本能はあまりに強く、“過剰模倣”になってしまうことが確認されているという。たとえば、箱からお菓子を取り出すという行為を誰かのまねをして覚えるとすると、菓子を取り出すという目的とは無関係な動作(箱のフタの置き方とか)までまねして覚えてしまうのだ。(ただ、子供たちが成長して知力が向上すると、もっと発達したミラーニューロン系が働くようになる)

ミラーニューロンは、人間の学習や他者との共同作業において極めて重要な役割を果たしている。
これからも新しい発見が相次ぐことだろう。

本書『脳の中の身体地図』は、ワシントン・ポスト紙の2007年度ベストブック(科学・医学部門)に選ばれている。
今回紹介したのは、全10章のうちの1章(第9章)だけである。
「6章 壊れたボディ・マップ」や「7章 身体を包むシャボン玉」もきっと興味深く読んでいただけると思う。


脳の中の身体地図 『脳の中の身体地図』
(ボディマップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ)
 著 者 : サンドラ・ブレイクスリー
       /マシュー・ブレイクスリー
 訳 者 : 小松 淳子
 発 行 : インターシフト
 発 売 : 合同出版社
 定 価 : 2,200円+税

「脳卒中もボディ・マップの機能を無効にしてしまうことがある。元株式仲買人の“ボブ”は脳卒中で、頭頂葉の触覚と身体部位の認知にかかわる部位に損傷を負った。ボブに自分の靴を指さしてと言えば、苦もなくそうする。ところが、自分の足を指さしてと言うと、たじろいでしまう。彼に時間を尋ねれば、何も考えずに時計に目をやる。しかし、自分の手首を見てと言うと、混乱してしまう」(「6章 壊れたボディ・マップ」より)

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補足:
この共著者のふたりは、母子である。母親の祖父から子まで、四代続くサイエンスライター一家とのこと。

蛇足:
ミラーニューロンが発達してくると、未知の套路(武術の型)とか踊りの振りとかが早く覚えられるのだろう。