『力学でひもとく格闘技』

2010.10.6.

本書は「格闘技通信」という雑誌に連載(2007年7月8日号〜2008年10月号)された記事に加筆・修正して再編集したものである。

巻末の著者のプロフィールによると、大阪大学工学部卒、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了の博士で、専門は筋生理学・身体運動学。
と同時に、正道(せいどう)会館で空手を学び、1995年から1999年の正道会館全日本空手道選手権大会には選手として出場している。

「本書は、スポーツサイエンスの視点と、自分の現役時代の経験から(二流の選手でしたが)格闘技の動きとトレーニング法について共著者の荒川裕志君と相談をしながらまとめたものです。体使いの技術には個性がありますので、書籍の中で解説する内容を時には個々人でアレンジしながらとり入れていただければと思います」
(「はじめに」より)


本書のカバーには、「強くなる近道」とある。
これは出版社の宣伝文句であるから、真に受けてはいけない。「近道」になるか「回り道」になるかは読む人次第である。

本書は前半が「バイオメカニクス編」で11章あり、後半が「トレーニング編」で8章に分かれている。
「トレーニング編」では筋トレやストレッチに関する情報が豊富に提供されている。
(以下、前半の「バイオメカニクス編」から気になったポイントを取り上げていく)

本書の第1章から第3章までは「うねりの仕組み」と題して、パンチや回し蹴りの動作を主な対象に、体幹部から手足の末端までの力の伝達について説明している。

「腕を使って相手を叩くパンチ動作は、野球の投球と同様に下肢による骨盤の回転が動きの起点となります。続いて体幹の回転が起こり、最後に腕が出てきて拳を相手にあてます。「骨盤(下肢の力発揮による)→体幹→上肢」と下から順次うねりあげるように動作して、全身で生み出した運動エネルギーを拳(ボール)へ伝えていきます」
(「第1章 セーム・シュルトはなぜ“左”で倒せるのか?」より)


この動作の途中で、骨盤・体幹部の回転を止める段階がある。
骨盤・体幹部の回転が止まると、その先にある上肢の動きが加速されるのだ。
この作用を著者は「唐竿効果」と説明している。

唐竿(からさお)とは、農具の一種で、長い棒(1.5m程度)の先端に短い棒が回転できるように取り付けられている。この唐竿を上から下に振り降ろすと先端の短い棒がくるりと回転して、筵(むしろ)の上に広げられた穀物を叩く。
この際、振り降ろされた長い棒の動きが止められた瞬間に、先端の短い棒の回転が加速されるのが見られる。
長い棒は人間の手で動き(落下)が止められるが、先端の短い棒は落下運動を続けようとする。ところが、先端が長い棒につながれているため、そのつなぎ目を軸に回転運動をすることになる。
つまり、人間を中心にした回転運動が、長い棒の先端を中心にした回転運動に変化する。
2つ目の回転運動は1つ目の回転運動より回転半径が小さいので、回転速度が早くなるのである。

このような作用は、投球動作を説明するのにはよいと思うが、パンチ動作(ストレート)にはそのまま当てはめられるだろうか。
投球動作とパンチ動作では、腕の使い方が異なるからである。
投球動作では手の末端(指先)まで振りきってボールを投げるが、パンチ動作では拳を相手に直線的に突き出すので肘はあまり回転運動をしていない。

高速で走っている自動車が急停車すると乗っていた人や物が前方に放り出される。
パンチ動作の場合は、この作用の方が近いのではないだろうか。

「唐竿効果」の適用について異論を述べたが、パンチのその他の説明については異論はない。
実は、本書の第5章では「予備動作がない長谷川穂積の“見えないパンチ”」と題して、ストレート(パンチ)の基本的な打ち方を説明している。
第1章から第3章までに紹介している打ち方(威力があるが動作が大きく相手に読まれやすい)と対比して、相手から見えにくい打ち方(威力は劣る)を紹介している。

また、第7章では「“走らせる”鋭い打撃、“固めて押し込む”重い打撃」と題して、“鋭い”パンチと“重い”パンチの違いを解説している。
テレビで放送される格闘技番組がお好きな方には、これらの章が参考になると思う。

第6章は「動きの中で“タメ”を作ってSSCで強く速く動作する」と題し、SSC(Stretch Shortening Cycle、ストレッチ・ショートニング・サイクル)を活用するコツを説明している。
(当サイトでは稽古雑感ページの「腱について知っている二、三の事柄」でSSCを解説している)

第8章は「腕を引くと蹴りが走る!」と題して、「相対(そうつい)の動き」について考察している。
この章は、作用反作用の法則の応用である。

「体のある部分が動作をすると、その「反作用」で身体の残りの部分にはその反対の力(運動量)が加わります。例えば、腕を振り上げる動作を行うと、その反作用で腕以外の身体の部分には下向きの力が加わります。ですから、立っている状態から素早くしゃがみこむ動作を行う場合、そのまましゃがみこむよりも腕をすばやく振り上げたほうが速くしゃがみこむことができます」
(「第8章 腕を引くと蹴りが走る!」より)

という作用を応用する具体例がいくつか挙げられている。
1つは、回し蹴りでの腕を引く動作である。
左脚を軸にして右足で回し蹴りを放つ際に、右肩・右腕を引く動作である。上体を右回転させることの反作用で蹴り足の動作(左回転)をサポートする。
別の1つは、中段の膝蹴りや前蹴りで、上体を後方に倒す動作である。
上体を倒して後方に引くことの反作用で膝が前方に強く突き出される。

こうした説明には異論はない。ないのだが、しかし、である。
当サイトの感想文ページで紹介している「19.『スポーツの達人になる方法』」という本では、「双対(そうつい)の動作」という考え方が提示されている。「相対(そうつい)」と発音は同じだが、漢字が違う。考え方も異なる。

『スポーツの達人になる方法』では、「双対の動作」の説明に作用反作用の法則を用いていない。
こちらでは、「双対」となる動作Mと動作M’の関係は対等と言っていい関係である。動作Mは例えばラケットでボールを打つという目的を実現するための「操作動作」であり、動作M’は動作Mに動力(パワー)を供給する「動力動作」と位置づける。
「操作動作」は小さな筋肉群による制御動作であり、「動力動作」は大きな筋肉群による運動動作である。これにより、パワフルでありながら精密にコントロールされた動作が可能となる。
初心者では「双対の動作」が形成されていないため、小筋群で力を出そうとしたり、大筋群で運動をコントロールしようとしたりする。熟練者は「双対の動作」が形成され、目的とする運動の再現性も高められているのである。

こうしたことから、『スポーツの達人になる方法』の「双対の動作」に対して、『力学でひもとく格闘技』では「相対の動き」としたのかもしれない。
少々紛らわしい気がするが、やむを得ないことなのだろうか。
別の概念だから異なる言葉を与えようというのであれば、もっと別の言葉にしてほしかった。


力学でひもとく格闘技
『力学でひもとく格闘技』
 著 者 : 谷本 道哉、荒川裕志
 発 行 : ベースボール・マガジン社
 定 価 : 1,500円+税

「順次ではなく同時に動作するほうが「各部分の動きが足し算されて強いパンチになる」と思う人もいるかもしれません。しかし各部分が同時に動くと、インパクトの瞬間に拳以外の体幹などの他の部分も大きな運動エネルギーを持つことになります。これでは全身で生み出したエネルギーが全身の動きに分散してしまい(拳以外の部分の運動にエネルギーをとられてしまう)、肝心の拳の動きに与えられる運動エネルギーが小さくなってしまいます」
(「第1章 セーム・シュルトはなぜ“左”で倒せるのか?」のコラム より)

バック ネクスト ホーム

補足:
フックという打ち方もあるが、ボクシングの本を見ると、相手との距離に応じて打ち方が変わるようである。説明が煩雑になるのでここでは取り上げなかった。

蛇足:
しかし、引っかかるのは88ページの「図2 スポーツ動作における相対動作の例」なのである。
この図が『スポーツの達人になる方法』102ページの「図47 見てわかる双対な動作」と酷似しているのだ。