『ダンス・バイブル』

2011.3.7.

コンテンポラリー・ダンス、て何だろう。
バレエの一種? クラシック・バレエとは違うけど〜、みたいな?

若手ダンサーの登龍門ローザンヌ国際バレエコンクールでは、「クラシック」と「コンテンポラリー」という2つの演目で競技する。
いまどきのプロのダンサーたる者、クラシックが踊れるだけではいけない、かといってクラシックの素養がないのも困る、といったスタンスが感じられる。

コンテンポラリー・ダンスとは、専門的に訓練されたダンサーが踊る、20世紀後半以降に作られた踊りの総称と言っていいだろう。
本書『ダンス・バイブル』では、全体像がとらえにくいコンテンポラリー・ダンスについて、その文化的背景まで含めて詳しく紹介している。情報量が多く、図版も豊富に掲載されている。

「本書の特徴は、ダンスをダンス界の流れだけで語るのではなく、ダンスを取り巻く文化・政治・経済との関連において語っている。ダンスは興行という面を含んでいる以上、そうしたことは避けては通れないからだ。ここでは世界の最先端のダンス事情に加え、現実的にダンサーを支えるマーケット(市場)についても入念に語った」
(『ダンス・バイブル』「いま盛り上がっているコンテンポラリー・ダンスは、どうやって生まれてきたのか?」より)


語り口はくだけているが、たいへんな労作である。
巻末の「ダンス関連年表」は、“日本のダンス”、“世界のダンス”、“世相”という3つの項目からなり、1880年から1980年までの100年間を8ページにわたって紹介している。
もちろん、本文もこの範囲をカバーしている。
身体文化としての踊り・ダンスに興味がある方には必読書だろう。

「歴史を考えるときに気をつけなければいけないのは、「その背景を知る際に、現在の基準で見てはいけない」ということです」
(第1章「ダンスを「歴史」で考える」より)


例えば、ジャズ。
1920〜1930年代の「ジャズエイジ」と言われた時期のジャズは、「豊かな白人がパーティで歌い踊るための音楽」だった。ハリウッドのミュージカル映画で踊るのは、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースであり、バックで演奏するのも白人のバンド。
著者は当時カリフォルニアで活躍していた日系のジャズプレイヤーにインタビューしたとき、こう言われた。「黒人がジャズをやるなんて、戦前は思いもしなかった

例えば、万博(万国博覧会)。
第二次世界大戦以前、万国博覧会では、客寄せとしてストリップ的なダンスのアトラクションに人気があった。
また、ダンサーにとっても、世界中の人びとが集まる万博はビッグイベントだった。
サリー・ランドというダンサーは、シカゴ万博(1933年)の前夜祭のパーティーに全裸で馬に乗って登場したという。「長い金髪のカツラで前面は隠れているものの、後ろは丸見え」だった。「ゴダイヴァ夫人の再現」というのが彼女の言い分。
実は、これは自分のダンスの上演が認められなかったことへの抗議のパフォーマンスだった。これで彼女は上演権を獲得し、73,000人もの観客動員を実現した。

「サリー・ランドが得意としたのは「ファン・ダンス」というセクシーなダンスでした。これはダチョウの羽で作った大きなファン(羽扇子)で体を隠しながら踊るストリップティーズだったのです。本当に裸だったとも、ぴったりとした肌色のスーツを着ていたので遠目には裸体で踊っているように見えたともいわれています」
(第1章「ダンスを「歴史」で考える」より)


例えば、演芸。
日本に来た最初の芸人は、黒船来航の8年後に横浜の外国人居留地に来たアメリカのリズリー・サーカス一座だと言われている。この一座を率いてきたリズリーさんは日本の曲芸に惚れ込んで「帝国日本芸人一座」を組織し、幕府に手を回して海外渡航免許(パスポート)を取得した。
この一座はアメリカで大成功、時のジョンソン大統領にも謁見した。さらにヨーロッパに渡っても評判を博し、1867年のパリ万博でも大盛況だったという。
明治維新よりも前に、日本の芸人は海をわたって活躍していたのだ。

本書で紹介されている人たちの名前を列挙してみよう。

ディアギレフ、ニジンスキー、ジョージ・バランシン、ニネット・ド・ヴァロワ。
ロイ・フラー、イザドラ・ダンカン、ルース=セント・デニス、テッド・ショーン、ユージン・サンドウ。
マーサ・グレアム、マース・カニンガム、マリー・ヴィグマン、クルト・ヨース、ハラルド・クロイツベルグ。
ジョセフィン・ベイカー、川上貞奴、崔承喜(さい・しょうき、チェ・スンヒ)、高木徳子、川端文子。
エミール・ジャック=ダルクローズ、ルドルフ・フォン・ラバン、アンナ・ハルプリン
石井漠、伊藤道郎、村山知義。
ピナ・バウシュ、ウィリアム・フォーサイス、ローラン・プティ、ジョン・クランコ、モーリス・ベジャール、アルヴィン・エイリー、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアン。
大野一雄、土方巽。

全部の名前を読むのは面倒でおやめになったことだろうと予想するが、これらの人たち(これでも一部)がすべて図版付きで紹介されている。他には、パントマイムの系譜、暗黒舞踏の系譜、タップダンスの系譜にも少なからぬページが割かれている。

第2章は「ニッポンの身体、ニッポンのダンス」と題し、日本のダンス事情を詳細に紹介している。
明治時代以前の日本舞踊の状況から、先に触れた芸人の活躍、昭和初期の劇場建設ラッシュ、少女歌劇団のブーム、「白鳥の湖」全幕上演までの道のり、社交ダンスの拡がり、タップダンスの人気ぶり、パントマイムの系譜などなど、読みがいのある内容である。

第3章は「次のダンスが生まれいずるために」と題し、これからのダンスについて、文化としてのあり方、ビジネスとしてのあり方、ダンサーの生活を支える環境作りなどについて持論を展開している。著者の熱い想いが伝わってくる文章である。

「ダンサーを消費財としない社会、ダンサーが結婚し子どもを育てながら(つまり普通の人びとと同じ人生を送りながら)作品を作り続けることができる社会の実現を、オレは心の底から祈っている。
文明がどんどん進化して、より少ないエネルギーで生きていけるようになり、身体性がどんどん希薄になっていく結果、ダンスという芸術が持つ重要性はますます増していくだろうと思うからだ。
そしてなにより、いいダンスがないと、オレが死んでしまうからである。オレは魂が震えるようなダンスを見ていないと。心のどこかが死んでいく。だからテロが頻発するイスラエルだろうがなんだろうが出かけていくのだ」
(第3章「次のダンスが生まれいずるために」より)


(ね、熱いでしょ)


ダンス・バイブル 『ダンス・バイブル』コンテンポラリー・ダンス誕生の秘密を探る
 著 者: 乗越 たかお
 発 売: 河出書房新社
 定 価: 2,800円+税

「バレエファンからは嫌われることを覚悟して書きますが、「バレエは世界地理的にはとても小さな、ヨーロッパ地方の民族舞踊だったという視点を持つことが大切ではないかと思うのです。さすがに現在のバレエを民族舞踊だという気はありませんが、だからこそ「なぜ本来民族舞踊として始まったバレエがこれだけの世界規模の舞台芸術になり得たか」と考えたほうが、バレエの本当に優れた面が浮きあがってきます」
(第2章「ニッポンの身体、ニッポンのダンス」より)

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補足1:
GODIVAといえば、チョコレートのブランドとして有名だが、その由来は?
ゴダイヴァ夫人のエピソード(ピーピング・トム)はこちらのページでどうぞ。

補足2:
著者は多分、東京の中央線沿線に住んでいると思われる。(←勝手な推測)
中央線の終点は高尾駅で、うっかり寝こんでしまうと高尾まで乗り越してしまう。
乗り越し高尾→乗越たかお、だよね?