ローマ人の物語

『ローマ世界の終焉』

2012.1.22.

とうとう読了した。
塩野七生の「ローマ人の物語」文庫版全43巻。

ローマ人の物語全巻

第1巻の奥付を見ると「平成十四年六月一日発行」とある。
足掛け10年をかけて読んできたわけだ。
その間、毎年秋になると、単行本の1巻分あるいは2巻分に相当する文庫本が発売されてきた。
それを本屋で見かけたら、とりあえず買い求める。たいていは別の本を読んでいるところなので、『ローマ人の物語』はしばらく本棚に置かれるが、それが放おっておいたままになる、ということはなかった。
義務感で読んでいたような気はしない。
他の本を優先して読むことはあっても、いずれは本棚の『ローマ人の物語』を手にとって読み始める。読み始めると面白い。
そんなことを10回繰り返してきたのだ、と改めて考えると、いつになくちょっと胸が熱くなる。

すでに堂々たる地位を出版界に築いている『ローマ人の物語』について、あれこれ論評する必要はないのだが、自分がずっと付き合ってこられた理由を書いてみよう。

塩野七生の視点は少しもブレない。
単行本で15巻を書き始めるときには、すでに全体のイメージができあがっていたのだろうか。
特定の思想信条に偏ることなく、特定の宗教を否定するでもなく、ローマ帝国の組織について、軍隊について、皇帝について、元老院について、ローマ街道について、水道について、神殿について、教会について、ローマ帝国に侵入する蛮族について書き進める。

「ローマ主導によるこの平和は、長年にわたって、しかも広大な帝国の全域にわたって維持されたのだからスゴイ。ヨーロッパと北アフリカと中近東で二百年にわたって戦争がなかったという一事だけでも、あれから二千年が経っていながらタメ息が出る」
(『ローマ世界の終焉[下]』「読者に」より)


日本では江戸時代に太平の世が続いたが、それは日本列島の中のこと、ほぼ日本人だけの世界のことである。
ローマ帝国は地中海を取り巻くすべての国、民族、多種の宗教を含む平和を実現したのだ。

なぜ、そんなことができたのだろう?

読者は塩野七生に導かれ、その答えを知る。

もし、これから『ローマ人の物語』を読むとしたら、1巻から順に読まなければと考える必要はない。
塩野七生は、重要なポイント(例えば、ローマ人の寛容=クレメンティア)については繰り返し記述してくれているので、どの巻からでも読める。

ただ、やはり、読み物としての面白さは、『ハンニバル戦記』(文庫版3・4・5)、『ユリウス・カエサル ルビコン以前』(文庫版8・9・10)、『ユリウス・カエサル ルビコン以後』(文庫版11・12・13)あたりが優っているだろう。
勇将ハンニバルの活躍をもってしても潰されなかったローマ帝国の力や、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)がどれだけ傑出した人物だったかがよくわかる。

ハンニバルが象を引き連れてアルプスを越え、イタリア半島に攻め込んだのは、紀元前218年のこと。中国では、その3年前の紀元前221年に秦の始皇帝が中国を統一している。日本はまだ弥生時代。
ユリウス・カエサルが自らの軍勢を率いてルビコン川を渡ったのは紀元前49年のこと。中国では、同じ紀元前49年に前漢の第10代皇帝・元帝が即位。日本はまだ弥生時代(笑)。

『ローマ人の物語』は学術書ではない。また、教訓の書でもない。
つい、今の日本や21世紀の世界と比較して考えたりしてしまうが、そのようなことはほどほどにしておいて、おおいに楽しんで読んでいただきたい。

(なお、第1巻を読んだころに書いたのがこちらのページ、『3.ローマは一日にして成らず』


ローマ世界の終焉 『ローマ人の物語−ローマ世界の終焉』
 著 者: 塩野 七生
 発 売: 新潮社(新潮文庫)
 定 価: 514円+税

「この『ローマ人の物語』全十五巻は、何よりもまず私自身が、ローマ人をわかりたいという想いで書いたのである。書き終えた今は心から、わかった、と言える。
そして、読者もまた読み終えた後に「わかった」と思ってくれるとしたら、私にとってはこれ以上の喜びはない」
(「読者に」より)

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