『太極拳が教えてくれた人生の宝物』

2012.2.19.

去年のいつか、Twitter(ツイッター)で本書のタイトルを見ていて、何となく気になり、買ってみた。

実際に読んでみると、そこそこ面白い本だった。
「これはお勧め!」とまではいかないが、武当山を知っていて、武当山での修行がどんなものか覗いてみたいという人は読んでみたらいいと思う。

著者は、サブタイトルにある通り、武当山の武術学院(正式名称:武当道教功夫学院)で90日間の修行生活をする。

「武当山は少林寺と並ぶ中国武術の本山だが、学院の歴史は新しい。設立のきっかけは、元国家主席の江沢民(こうたくみん)の一言だ。(中略)江は、「ここに少林寺と同じように武術学校を造れ」と指示を出した。この鶴の一声で、学院が誕生した」
(「第一週 憧れの聖地へ」より)


武当山や自分の体験を神秘化しようという意図はまったく感じられない。
武当山の武術の歴史を説明するにも「伝説の域を出ないとはいえ」と慎重な態度をとっている。

厳しい練習スケジュール、ハードな練習風景や師匠との会話など興味深い記述がいくつもあるのだが、中でも、著者の率直さが現れているのが各種のトラブル(やルール違反)に関する記述である。

例えば、暖房費については、武術学院は自らのWebサイトで「暖房費無料」と書いていた。にもかかわらず、法外な金額の暖房費を請求してくる。著者はいったんは妥協して金を払うのだが、学院オーナーと個人的に親しい中国人の生徒を経由して掛け合うことで、最終的には暖房費を無料とすることに成功する。

食中毒が蔓延するという事件があった際には、著者とは別の生徒が2人で猛抗議(前払いしている食事代を返してもらって帰国するぞ、と)すると、

「この騒動のおかげで、翌日から食事の内容が目に見えてよくなった。料理人たちも、みな帽子をかぶり、衛生に気をつけるようになった。食事の取り方も変わり、大皿から取り分けて食べる中華式から、それぞれが自分の食べたいものをキッチンに注文する個別式に変わった」
(「第六週 モチベーションの低下」より)


著者は、自分の飲酒と喫煙についても隠さずに書いているし、禁じられている携帯電話の使用についても、はなから規則を守るつもりがなかったことを明かしている。どうも、著者に限らず、武術学院の生徒たちは携帯電話だけでなく、PCを持ち込んでネットを閲覧したりなどは平気なようだ。

このように、著者は自分の修行記を美化するつもりはないのである。

しかし、しかしなのである。問題は内容ではなくタイトルである。

著者が修行しているのは「太極拳」ではない。「八卦掌」である。
本のタイトルと内容が合っていないのだ。
まあ、確かに「太極拳」を練習しているシーンもあるのだが、メインは「八卦掌」である。
著者は「八卦掌」を修行するために中国に渡ったのだ。

で、なぜ、タイトルに「太極拳」という言葉を入れるの?

オウム事件で指名手配されていた平田容疑者が警察に出頭してまもなく、週刊新潮が変な記事を掲載した。
その記事の見出しがこうだった。

「麻婆豆腐 平田信と一つ布団の中 斎藤明美の太極拳」

いや〜、これはひどかった。
見出し自体まったく意味不明であるし、記事の内容も太極拳はほぼ無関係の酷いものだったらしい。
(実は当該記事を読んだ方の感想をツイッターで読んだだけで、記事はもう読む気になれなかった)

「太極拳」という言葉を入れれば売上が増える、そういう計算なの?
週刊新潮はずいぶんと読者を舐めたものだと思っていたのだが、

講談社よ、おまえもか。。。
(ん、講談社のほうが先か)

著者のフランソワ・デュボワは、太極拳や武術の専門家ではない。
カバー裏の解説によると、「自ら設立した『デュボワ・メソッド・スクール』を通じ、自治体、大手企業、教育機関に画期的なキャリアセミナーを提供中」という一流のビジネスマンなのである。
しかも、それは来日後のキャリアで、来日前、母国フランスでは有名な音楽家(マリンバ奏者、作曲家)だった。史上最年少で音楽部門の勲章を受章するとか、マリンバ史上初の完全教則本を作成するとか、素晴らしいキャリアの持ち主なのである。
(著者の太極拳なり八卦掌なりが見られるかと思って Youtube を検索したところ、ヒットしたのは音楽関係の動画ばかり。そのうちのひとつがこちら、『水のめぐみ- フランソワ デュ ボワ』

そういうことなら、著者には、このタイトル「太極拳が教えてくれた人生の宝物」は拒否してほしかった。

先月、フィギュアスケートの浅田真央が自身初のエッセー『大丈夫、きっと明日はできる』の出版を中止させたという報道があった。
浅田真央は、ホームページで「本の宣伝、告知について、私の思いと異なるもので進められたところがあり、出版を中止させていただくことになりました」と説明しているそうだ。

フランソワ・デュボワ氏にも、このタイトルについては妥協してほしくなかったなと思った。


太極拳が教えてくれた人生の宝物 『太極拳が教えてくれた人生の宝物』
(中国・武当山90日間修行の記)
 著 者: フランソワ・デュボワ
 発 売: 講談社(講談社文庫)
 定 価: 676円+税

「要するに、僕は音楽家ではあったけれど、武術家ではなかった。その僕の人生を激変させたもの―それが中国武術であり、もっといえば、その背景にあって、中国武術のもっとも深い部分を支えている道教の教えだった」
(「序章 かくして私は山を目指した」より)

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