3.「胴体」の重要性

なぜ「胴体」の操作が重要なのでしょう。
身法がないと発勁ができないから?
胴体がねじれないと化勁ができないから?
立身中正でないとバランスが悪いから?
先生が武器を手で振るなって言うから?
そうですね、でもちょっと視点を変えて、もっと当たり前なことに目を向けてみます。

『スポーツ運動学』という本があります。著者のクルト・マイネルは1898年生まれのドイツ人で、1928年に30歳の若さで当時のライプツィッヒ教育研究所における体育方法学の講師として研究の道に入り、第2次世界大戦後、1950年から東ドイツのドイツ体育大学の体育原論の講師となりました。その後、研究・指導を続け、多くの研究者やスポーツ指導者を育成しました。その約10年の研究成果をまとめたのが『スポーツ運動学』です。

マイネルはその中で、運動における胴体の重要性を指摘しています。
「胴体というものは多くの運動にとって力を出していく中心として決定的役割をもつ。たいていのスポーツ運動の成功は胴体操作が正しく行なわれているかどうかにかかっている」(同書197頁)
その理由は次の通りです。

「そのひとつは、胴体は他の身体部分に比較してもっとも大きな質量をもつということであり、いわば身体の全質量の約半分を占めているのである。」

手足より重い分だけ運動慣性も大きくなりますから、一方では、胴体の運動慣性が利用できれば楽に動けるということになり、他方では、胴体が意図しない方向に動いてしまうと、軌道修正するためにはそれなりの力が必要ということになるわけです。

「もうひとつの理由は、胴体のあたりには、きわめて大きな、強い筋群が集中していることである。背筋や腹筋のように、それらの筋群が胴体そのものの姿勢や運動を、とりわけ四肢との結びつき保証しているのである。これを示しているのが腰帯や肩帯におけるとくに力強い筋である」

通常、手足がいくら太い場合でも、胴体より太いことはありません。胴体の筋肉は手足の筋肉より大きな力が出せるわけです。
つまり、2つの意味で「胴体」は重要です。

1.胴体は重い。
2.胴体は強い。

言われてみれば当たり前のことです。何も新しい知識ではありません。
しかし、私たちは「胴体」の重さを利用できているでしょうか。「胴体」の重さに振り回されてはいないでしょうか。

そして、もうひとつ大事なことがあります。
人間の胴体は右と左に分けられるということです。

「人間のからだは、右脚-右胴体-右腕-(右顔)-左脳というある程度の生きものとしての独立性をもった一つのつながりと、左脚-左胴体-左腕-(左顔)-右脳というある程度の生きものとしての独立性をもった一つのつながりとが、二つ相寄ってさらにつながり合っているのである」

これはマイネルではなく、野口三千三の文章(『原初生命体としての人間』58頁)からの引用です。
左脳が右半身を支配し、右脳が左半身を支配していることも誰もが知っていることです。右半身という意味は右手と右脚のことだけではないわけです。左半身とは左手と左脚だけを意味する言葉ではないわけです。
野口三千三は、同書の中で、よりよい動きの条件として三つの条件を挙げています(61頁)が、いずれも右半身と左半身が独立性をもっていることが前提となっています。

私たちは「胴体」の右と左を、どのように意識しているでしょうか。それとも意識していないでしょうか。
胸や腰がひとつの塊になっていませんか。背中が一枚の板になっていませんか。
右脳と左脳が別々に制御しているはずの部分がひとつの塊になっていて、よい動きができるでしょうか。 2002.07.14.  (改訂)2003.09.07.

『スポーツ運動学』

著 者:
クルト・マイネル
訳 者:
金子 明友
出版社:
大修館書店
定 価:
4,515円(税込)

「言葉で表して確認することは、人間特有な運動発達にとって、また意識化することや、意のままに形成することにとってたしかに重要なことであり、決定的なことではあるが、運動経過の記述そのものはまだ不完全なままである。それは運動経過を記述するということが近似的にでも客観的運動経過を適切に反映させることはできるものではないからである。(中略)運動経過というものをきわめておおざっぱにとらえてしまたっり、あるいはばらばらに小間切れにしてしまうものである」
(「第3章 スポーツ運動系における質」より)


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