10.バランスをとる

「ほんの少しの小さな力によってバランスが崩れてしまう状態は、極めて頼りないように思われる。しかし、この状態はほんの少しの小さな力によってバランスを保つことができる状態でもある。これが生きものの安定状態である」
『野口体操 感覚こそ力』の中のことばです。

バランスをとる、とはどういうことでしょうか。
バランスをとるために、私たちが何をしているかわかりますか。

1.壁を背にして、壁に踵をぴったり付け、両足のつま先は開き‘V’の字にする。尻・背・頭の後ろが軽く壁についていること。
 →この状態で、上体を前に倒すことができますか。
2.壁に向かい、壁につま先と胸と鼻が軽くつく程度にして立つ。
 →この状態で、両方の踵を同時に上げることができますか。
 (片方ではなく両方の踵です。鼻が壁から離れないように)
3.壁に対して横向きに立つ。壁側の足の小指と腰、肩が壁に触れていること。
 →この状態で、壁と反対側の脚を横に上げることができますか。
4.壁に背中をつけて腰を下ろす。両脚は前に伸ばして座る。
 →この状態で、両足を同時に上げることができますか。

この4つは、「感覚こそ力」という章で紹介されている、“バランステスト”と呼ばれる一種の実験です。
壁から少しずつ離れながら試してみると、要求された動作に必要な空き(空間)の大きさがわかると思います。

生ビールで満杯のジョッキを持ち上げるときに、私たちの上体が前に倒れないのはなぜでしょうか。このとき私たちの姿勢を維持するために働く力と、ご飯茶碗を持ち上げるときに働く力は同じ強さでしょうか。私たちはバランスを維持するときに、力の強さを意識して調整しているでしょうか。
表現を逆にしてみます。私たちは意識的にバランスを維持することができるのでしょうか。頭の中で手足を動かす角度や背筋や腹筋の力の入れ具合を計算することで、バランスが維持できるでしょうか。生ビールを飲むにつれて背筋や腹筋に入れる力を減らす計算をする、そんなことができるでしょうか。

野口体操を生み出した野口三千三(みちぞう)は、からだが自然に丁度良くバランスをとることを『非意識の自動制御』と言っています。(おそらくは、アレクサンダー・テクニークで『プライマリー・コントロール』と呼んでいることと同じことだと思います)
自分の動作のすべてを意識して計画的に実行することなど不可能です。意識の介入はむしろ邪魔ものかもしれません。何から何まで『非意識の自動制御』機能に任せておいたほうがいい、そう考えるのは行き過ぎでしょうか。

では、「バランスのいい動作」と「バランスの悪い動作」の違いはどこから来るのでしょうか。人によって、あるいは同じ人でも時によって、動作の内容によって、『非意識の自動制御』の働きが悪くなるときがあるのでしょうか。もしそうだとすれば、その原因は何でしょうか。その原因がわかれば、バランス良く動けるようになるでしょうか。
上記の4つの“テスト”では動作を制限するのは壁でした。この壁と同じように私たちの動きを制限しているものがありませんか。
私たちの動きを制限しているものが、私たちの体の中にありませんか。

もし、『非意識の自動制御』に介入できないとすれば、『非意識の自動制御』を充分に働かせるために、『非意識の自動制御』の障害となる要因を減らしていくことが、バランスの向上につながるでしょう。
野口三千三はバランス(平衡状態)について、次のように述べています。
「事実としての平衡状態というのは、決してじっと止まって動かない、ということではありません。(中略)それは、微妙な揺れの状態にあります。言葉を換えれば、揺れることができる状態でなければ、平衡状態は生まれないんです。その揺れが可能になるのは、空間に空きがあること。『無い』ということがあること。つまり、ゆとりがあることなんです」(同書P.52より)

「ゆとり」がない状態のことを「緊張」と言いませんか? 2003.01.12.

『野口体操 感覚こそ力』

著 者:
羽鳥 操
出版社:
春秋社
定 価:
2,310円(税込)

「筋肉の働きにとって、大事なことは、量的な力を増すことではないんです。微調整する感覚なんです。質的な違いの分かる感覚が働く筋肉なんです。筋肉は感覚器として、充分働いたときに、初めていい運動器になるんです」
「嘘を奨励するわけではないんですが、とにかくだまされたと思って、力を抜いてみてください。そこまで言わなくちゃならないのは、余りにもからだの動きにしみついた先入観が、自然な動きの邪魔をするからです」
「刺激はできるだけ小さい方がいいんです。その中で違いが分かる感覚を練る方がいい。そうすれば、当然のことに大きい差に対しても違いが分かるようになります。余分に大きい力を使わなくても、いい動きが可能だということを実感するようになります」
(「野口体操 動きの理論」より)


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