『ローマ人の物語-
ローマは一日にして成らず』

待望の文庫化だった。単行本を買いたいのはやまやまだったが、私が読書する のはもっぱら電車の中、手が疲れそうな厚い本を買うときはちょっと考える。 (『野口体操 感覚こそ力』は例外、ちゅうちょなく買ってしまった) 『ローマ人の物語』がとうとう文庫になると知れば、もう迷うことはなかった。

この本が大勢の読者に支持されるのは、著者の次のような視点によるのではない だろうか。

「私自身も以前から、(ローマの)興隆や衰退の要因を感性的なことに求める態度を とっていない。つまり、興隆は当事者たちの精神が健全であったからであり、衰退は それが堕落したからだとする論法に納得できないのだ。それよりも私は、興隆の因は 当事者たちがつくりあげたシステムにあると考える。」

著者の筆は安直な精神論・文化論・民族論に走ることなく、実証的だ。ローマのシステム、 政治体制・徴税制度・軍事組織(これらは一体なのだが)について客観的な記述を試み、 それがどのように機能し、あるいは機能しなかったのか、どのような長所があり、短所が あったのか、ローマとローマ周辺の諸勢力との争いを主に取り上げながら検証する。
「ベン・ハー」という映画で、ローマ人の将軍が奴隷のベン・ハーを自らの養子にする というエピソードがある。いくら命の恩人だからといって、異民族の奴隷を養子に までするのか、というひっかかりのようなものがあった。
この本を読み始めて、ひっかかりが消えた。ローマ人ならそんなこともするのだろう と今では思える。ローマ人は戦いに敗れた国に対して、寛容なのである。市民権を 与え、有力な家には元老院の議席まで与える。税金を納めさせ、兵を提供させるが、 自治を認める。ローマ人は一方的・強圧的な支配者ではなかった。
また、ローマ人は敗戦の将を罰しないということも興味深い。ある戦いに敗れた指揮 官を次の戦いでまた指揮官に任命する。ローマ人は軽々しくシステムを変えるような 民族ではなかったが、同時に、優れて柔軟な考え方をする民族だった。
歴史の授業でのローマ帝国といえば、キリスト教徒への過酷な弾圧とかコロシアムで 奴隷を戦わせたことなどが印象に強いのではないだろうか。
本書を読んでゆくと、ローマに魅せられた歴史家が大勢いることがよくわかってくる。 古代の大国といえば中国もそうだし、中国の歴史や文化は間違いなく第一級の面白さが あるが、ローマの歴史もそれに劣らないようである。
ローマ帝国は如何にして成立し、興隆を続けたのか、著者は「軍事力だけで一千年間も、 あれほど多くの民族を押さえつづけていかれるはずはない」と考える。
謎解きはまだ始まったばかりだ。

なお、文庫版という形態の本を初めて出版したのが、十六世紀初頭のヴェネツィア で、そこからヨーロッパ中に広まったということ、そのときに文庫版用に新たに 考え出された字体がイタリック体であることが、第1巻の文庫化に際しての 前書きに述べられている。著者は文庫創生期の考えに倣い、「背広のポケットに 入れてもポケットが型崩れせず、ハンドバッグに入れても他の品々との同居が 可能な分量」で巻分けをしたとのこと。
また、これもおそらく著者のこだわりのおかげと思われるが、最近の文庫には 見られなくなった紐の‘しおり’が各巻に付けられている。これはたいへん便利で、 著者と新潮文庫に感謝したい。2002.10.14.

『ローマ人の物語-ローマは一日にして成らず』

著 者:
塩野 七生
出版社:
新潮社(新潮文庫)
定 価:
420円(税込)

「知力では、ギリシア人に劣り、
体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、
技術力では、エトルリア人に劣り、
経済力では、カルタゴ人に劣るのが、
自分たちローマ人であると、少なくない資料が示すように、ローマ人自らが認めていた。
それなのに、なぜローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか。一大文明圏を 築きあげ、それを長期にわたって維持することができたのか。」
(「読者へ」より)


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