『身体運動の機能解剖
(改訂版)』

この本は少々値が張るが、手元に置いておけばいつでも役に立つ本だと思う。

人体には約600の筋肉があるという。そのうち身体活動に重要と思われる約100の筋肉について、本書は解説している。

「身体活動を理解し、スキルやパフォーマンスの向上にそれを応用するためには、1つの関節といえども多くの筋肉によって動かされ、そしてコントロールされているのだという視点で機能解剖学を学習していただきたく思います」



上図は、腸腰筋の図である。筋肉の部分を赤くしている。どの図もたいへん美しい。原著の第1版は1948年(半世紀前)に出版されている。それ以来、改訂に改訂を重ねているだけあって、すっきりした構成になっている。
専門学校や大学でテキストとして採用されているというのもうなづける。

筋肉ごとに「起始(きし)」「停止」「機能」「触診」「神経支配」「機能解剖,筋力強化,ストレッチング」という6項目の説明がある。
「起始」と「停止」は、筋肉がどこに付着しているかを示す。「起始(Origin)」は体幹部に近いほうを、「停止(Insertion)」は体幹部から遠いほうを示す。
「触診」は、その筋肉に触れられる場所を示す。外部から触れることができない場合は「触診できません」と書いてある。
「神経支配」は、31対ある脊髄神経のいずれに支配されるかを示す。
「機能解剖,筋力強化,ストレッチング」は、その筋肉の機能に関する説明と、エクササイズの方法、ストレッチングの方法が記述されている。

例えば「上腕筋」では、
起始-上腕骨中部前面
停止-尺骨
機能-肘関節の屈曲
触診-上腕二頭筋の外側後方で触れられる
神経支配-筋皮神経(C5・6)
機能解剖,筋力強化,ストレッチング-上腕筋は前腕が回内・回外のいずれの状態にあっても、肘関節の屈曲に関与します。~(中略)~この筋肉を鍛えるには、カールや他のエクササイズのように肘関節を屈曲させればよいのです。~(中略)~上腕筋は純粋な肘関節屈筋なので、肩の関節を屈曲位のまま肘関節を最大伸展するだけでストレッチできます。

筋肉の図の隣に、「起始」と「停止」だけを示す図があるのがミソで、それぞれの筋肉のイメージがつかみやすくなっている。
この本を見ていて気がついたのは、ある筋肉の名前を知っているだけでは、その筋肉のことを半分も知らないのだということである。その筋肉が付着している位置、つまり「起始」と「停止」を知らなければ、その筋肉がどのように働くかを具体的に知ったことにならない。
まだ本書の全体を読んだわけではないので、章単位に目についた内容を一部ずつ紹介してみる。
(私が見落としている「お宝」がまだまだあると思う、、、)

1 機能解剖学の基本的な知識
解剖学で使用する方向を表す用語の説明がある。「内側」「外側」「上方」「下方」「近位」「遠位」「深部」「浅部」など。
同様に、関節の動きを表す用語の説明がある。「内転」「外転」「内旋」「外旋」「外反」「内反」「底屈」「背屈」など。
その他、筋収縮の種類(アイソメトリック収縮・コンセントリック収縮・エキセントリック収縮)や、筋肉の役割を示す用語(主働筋・拮抗筋・固定筋・共働筋・中立筋)に関する説明などがあり、筋肉に関する基礎知識が得られるようになっている。

2 肩甲帯
肩甲帯(肩甲骨と鎖骨)に関する章で、肩関節とは別の章になっている。もちろん肩甲帯と肩関節は密接に関係しているので、統合的な理解は不可欠だが、次の記述に注目したい。
「ここでは、肩甲骨を動かす筋肉と肩関節を動かす筋肉は異なっていることに注意する必要があります。」
「肩甲帯の筋肉は、いろいろな肩関節の動きのために肩甲骨を比較的安定した位置に維持するように収縮します。」

3 肩関節
「肩関節はその解剖学上の構造のために障害を受けやすくなっています。その理由としては、肩甲窩(けんこうか)が浅いこと、靱帯によるサポートが緩いこと(代償として大きな可動域が保証される)、そして肩関節の動的安定性にとって必要不可欠な筋力や筋持久力が弱いことなどがあげられます。」

4 肘関節と橈尺(とうしゃく)関節
「肘関節(肘)と橈尺関節、橈尺関節と手関節(手首)はそれぞれ独立した関節であることを頭に入れておく必要があります。」
これは、腕(肘)の屈曲と伸展は肘関節により、前腕の回内と回外は橈尺関節によるということである。
また、上腕二頭筋といえば屈筋の代表選手だが、肘の屈曲以外に、(肘関節が屈曲している状態で)前腕を回外させる強力な筋肉でもある。上腕二頭筋は、肘と肩の2つの関節に関与しており、橈尺関節も加えて三関節筋と呼ばれることがある。

5 手関節と手
この章で認識を新たにしたのは、起始が上腕骨にあって停止が手にある筋肉、つまり、肘と手首をまたがって付着している長い筋肉がずいぶんとあるものだということである。例えば、総指伸筋は親指以外の4本の指を伸展させる筋肉だが、上腕骨外側(肘の上)に始まり、手首の上付近で4本に分かれ、各指の中節骨と末節骨(一番外側の指関節)に停止する。
手(指)を動かす筋肉は、手の中だけで完結しているわけではない。

6 上肢の動きの分析
上肢(肩・肘・手)のエクササイズの方法が解説されている。

7 股関節と骨盤帯
「股関節と骨盤の動きに実際に関与する筋肉の働きは、重力の方向や姿勢によって大きく左右されます。」
最近はTVでも取り上げられる腸腰筋については、、、
「腸腰筋の強化には、平行棒などにつかまって大腿部を上げるエクササイズが効果的です。このエクササイズは最初は膝を曲げて行い、筋力の増加に伴って膝を伸ばして行うとより負荷がかかって効果的です。」
「腸腰筋のストレッチは膝が体の前面よりも後方になるように股関節の伸展を行います。膝関節を完全屈曲させないことで、腸腰筋のみをストレッチさせることができます。」
(この強化法とストレッチは、武術基本功の動作を思い出させる。そういえば、最近、TBS『スパスパ人間学』でこんな体操をやっていた、、、)

8 膝関節
前腕部と同じように、膝と足首の間にも2本の骨がある。脛骨(けいこつ)と腓骨(ひこつ)である。
「脛骨は下腿の内側の骨で、下腿にかかる体重のほとんどを支えています。腓骨には膝関節に関与する筋肉の腱や靱帯の付着部がありますが、腓骨は大腿骨や膝蓋骨とは直接関節を形成していないので、膝関節の一部とは考えません。」
膝関節では、「靱帯は膝関節に静的安定性をもたらし、大腿四頭筋とハムストリングの収縮は動的安定性をもたらします。」
「ハムストリング(大腿二頭筋・半膜様筋・半腱様筋)の筋力強化と柔軟性向上のトレーニングは、膝の怪我の予防にとって重要な役割をもっています。立位体前屈で、膝を伸ばした状態で指先が床に届かないのは明らかにハムストリングの柔軟性が不足しているといえます。」

9 足関節と足
「足は26個の骨、19の大きな筋肉、多数の内在性の筋肉、そして100以上の靱帯によって構成されているので、とても複雑であることがおわかりいただけると思います。」
なるほどと思ったのは次の指摘、、、
「(各種の専用シューズが開発されたことを述べた後で)よいシューズを履くことは重要なことですが、よく発達した筋肉と正しい足の使い方にまさるものはありません。」

10 体幹と脊柱
「脊柱の動きのほとんどは頚椎と腰椎で起こります。もちろん胸椎でも動きは生じますが、頚椎や腰椎に比べれば小さなものにすぎません。」

11 体幹と下肢の動きの分析
下肢のトレーニング方法や、トレーニング全般に関する原則が記述されている。
「単にスポーツをしているというだけで、すべての筋肉がバランスよく発達するわけではありません。~(中略)~知識だけではパフォーマンスの向上はなく、知識を応用して筋肉や筋持久力を改善させることが大切なのです。」
「スポーツに参加していると筋肉が自動的に発達すると、長年にわたって考えられてきましたが、今日では、スポーツに安全に参加するために筋肉を意識的に鍛えるのだと考えられるようになりました。」
(武術基本功の役割はいろいろあると思うが、この「筋肉を意識的に鍛える」こともそのひとつだろう。安全な稽古のために。)

12 バイオメカニクスの基本的な要素と概念
てこの原理、ニュートンの運動の法則、バランスなどについて基本的な説明がある。
「力の大きさは動きの中でとても重要ですが、最大の力を発揮することがパフォーマンスの向上に必ずしも必要であるとは限りません。というのも、技術的な動きの中ではその目的を達成するのにどれだけの力を発揮したらよいかを判断し、調節しなければならないからです。」
2003.03.31.

『身体運動の機能解剖(改訂版)』

著 者:
Clem W. Thompson + R.T.Floyd
訳 者:
中村 千秋 + 竹内 真希
出版社:
医道の日本社
定 価:
4,515円(税込)

「筋力増強プログラム、柔軟性プログラムおよびトレーニング方法等は日々進化を続けていますが、私達の筋骨格系の基本構造は変化しません。身体活動のゴールや使用するプログラムにかかわりなく、人間の体の中身は同じなので、身体全般にわたって理解し、パフォーマンスを最高に引き上げるとともに怪我の可能性を低くおさえることが肝心です。どんなに高度な運動科学といえども、身体に関する基本的な構造や機能の理解なしには成立しないのです。」
(「序 本書の対象者」より)


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