『知性はどこに生まれるか』

サンゴは限られた条件でしか生息できない。海水の温度、光の透過度、塩分の濃度、水流の速さなどが一定の範囲内になければ成長できないのだ。
一方、さんご礁(サンゴの死骸が蓄積されたもの)はさまざまな形をしている。これはなぜだろうか。極めて限定された環境条件の下でしか生きていられないサンゴが、どのようにしてさまざまな形のさんご礁を残すことができたのだろうか。

進化論で有名なダーウィンがこの謎を解いた。
地面が(この場合は海底ということになるが)徐々に沈下してゆくという説である。地面がほんの少しずつ沈下してゆく過程で、サンゴが成長を続け、骨を堆積し続けるのである。さんご礁の形は、さんご礁が形成された海岸線の形に対応していたわけだ。 宇宙からも見えるほどの大さんご礁は、大地の沈む速度とサンゴの成長する速度との絶妙な一致が長期間にわたって維持されることで形成される。

「地面が少しずつ沈む浅瀬の意味は、そこにサンゴが登場しなければあらわれない。サンゴがいなければそれは無意味な海底の沈下にすぎない。しかしサンゴがあらわれるとそれはサンゴの生の持続を可能にする変化となる。同じことだけれどそこに意味が生ずる。サンゴが生きるところはもともとこの世界のどこかにあったわけだけれど、そこにある生きものにとっての意味は、サンゴがそこに存在することではじめて発見される」

生きものの行為を環境と切り離して考えていると、「この世界にある重要なことを見逃してしまう」というのが本書の(あるいはアフォーダンスの)考え方なのである。

また、ダーウィンは1881年に『ミミズの行為によって肥沃な土壌がつくられること、そしてミミズの習性の観察』という本を出版した。ダーウィンは28歳の時に、土はミミズによって作られるという論文を発表したが、それ以来44年ぶりの発表だった。

ダーウィンは長い期間をかけてミミズ(日本にはいない種類のミミズ)を観察し続けた。

「1837年の最初の観察から5年後。1842年12月10日。33歳のダーウィンは家の近くの牧草地にこんどは自分の手で大量の石灰の粉をまいた。29年間待った。1871年の11月の終わり、62歳のときに、石灰をまいたところを横切るように一本の溝を掘ってみた。地面にまいた石灰の層は地下18センチのところに、白い一本の線となってそのままあった。1年で約0.6センチ「沈んだ」ことになる」(注:原文の漢数字を算用数字に変えて引用している)

ダーウィンのミミズに関する最初の発表に対してはさまざまな批判があったのだが、ダーウィンはそれらに対して、このような実に長い期間にわたる観察によって応えたのである。

さらにダーウィンはミミズの別の行為にも注意を向けていた。
ミミズは皮膚で呼吸している。皮膚が乾いてしまうと生きていられない。ダーウィンが観察した種類のミミズは、巣穴を落ち葉や花弁、腐った小枝、羽毛、小石など種々の物でふさぎ、夜の寒気で乾燥しないようにする。
この「穴ふさぎ」について詳細な観察を積み重ね、丹念な実験によって考えうる仮説について妥当性を検証していった結果、ダーウィンはミミズに「ある程度の知能がある」と結論した。
ミミズは環境の変化に応じて、「穴ふさぎ」という行為を柔軟に実行できるからである。その行為は単なる「反射」運動でもなく、あらかじめ与えられた知識によるものでもなく、行き当たりばったりの試行錯誤でもないとダーウィンは考えた。

と、ここまできた(第一章と第二章)ところで、いよいよアフォーダンスの話が始まる(第三章以降)。
(さんご礁とミミズの話が面白かったので、つい紹介してしまったのだが、この本のメインテーマはここから先なのだ、、、アフォーダンスについてはまた別の機会に、、、)

なお、「アフォーダンス」という概念を初めに提唱したのは、ジェームズ・ギブソン(1904年~1979年)というアメリカ人の心理学者である。
アフォーダンス(affordance)とは、「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの」を意味する。 2003.06.02.


(注:「アフォーダンス」と「ダーウィン」に直接の関係はない。著者(佐々木正人)は、ギブソンの考え方を印象づけるためのエピソードとして、ダーウィンのさんご礁とミミズに関する研究を紹介しただけである)

『知性はどこに生まれるか』

著 者:
佐々木 正人
出版社:
講談社(講談社現代新書)
定 価:
714円(税込)

「人間の眼を中心とする視るシステムは最初からいまのようなシステムではなかった。耳を中心とする聴くシステムや、接触のシステムなど、他のシステムとの関係で、その働きも構造も変更してきたはずだ。現在の眼は現在の耳や現在の皮膚のあり方と連関して存在している。これからもぼくらの活動が環境のちがうレベルに出会うことで、新しい知覚のシステムが登場し、いまあるシステムの関係のすべてと、個々のシステムの活動が変化する可能性がある」
(「第六章 多数からの創造」より)


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