『スタビライゼーション』

本書は山海堂の“からだ読本シリーズ”の最近作で、奥付は第1刷が2003年9月20日、第2刷が同年12月5日となっている。
(山海堂の同シリーズには、『筋肉』(湯浅景元)や『勝ちに行くスポーツ生理学』(根本勇)などもあり、いい仕事してます)

近所の書店でタイトルと副題に「ボディバランスを獲得する」とあるのを見て、思わず手にとってページを開いた(目当ては別の本だったのだが、、、)。
そうすると、始めのほうのページに目を引く言葉があった。

「スタビライゼーションは、重力を実感し(Feel the Gravity)、体重を支え(Hold the Body Weight)、バランスを保つ(Keep the Body Balance)という三つの明確なコンセプトをもつ手軽なエクササイズと考えて下さい」

こういうものであれば、太極拳にも役に立つはず!と思うでしょ?(いささか単純だが、、、)そしてもちろん他のスポーツにも役に立つはずである。

スタビライゼーション(Stabilization)は、英語の“stable”(安定した、変動がないという意味の形容詞)の名詞形である。メカ好きの方には、スタビライザー(Stabilizer)という単語のほうがなじみがあるだろう。
(“stable”にはもうひとつ全く別の意味もある。それは辞書を引いてのお楽しみということにしておく)

著者(小林敬和)は陸上競技(十種競技)のコーチをしていたときに、ドイツのトレーニング法に関心をもち、著名なコーチのもとで研修した。そこで行われていたのが「スタビライゼーション・エクササイズ」である。
これはドイツに以前からある医療体操、すなわちリハビリテーション・プログラムの一種である「ファンクション体操(Funktionelle Gymnastik)」のエクササイズだった。
著者は、このトレーニング法を「スタビライゼーション・トレーニング」という名称で日本に紹介した。その後、中国で「導引や太極拳、形体訓練法などの伝統的な徒手による体操」を学び、東西のトレーニング法に共通する要素を抽出して「スタビライゼーション」という概念をまとめた。

例えば、次のようなエクササイズがある。
両腕の肘から手首までの部分と、両膝を床につけて体を支える。四つんばいのような按配だ。足首は90度に固定し、つま先を軽く接地させる。体重は両肘と両膝の4点に均等にかかるようにする。この姿勢を崩さないようにして、片腕を床と水平に伸ばす。親指は天井に向ける。腕を元に戻したら、脚を伸ばしてみる。片方の脚を床と水平になるように伸ばす。つま先は床に向ける。(腕や脚を伸ばす際に、上がりすぎないように注意する。床と水平がこの動作の要求である)
次は、右腕と左脚を伸ばしてみよう。つまり、左の肘と右の膝で支える姿勢になる。腕も脚もやはり床と水平にする。バランスが崩れたら、無理をしないで、腕と脚を下ろしてしまおう。左右を入れ換えて試してみてほしい。
最初の姿勢で、膝ではなくつま先で接地するようにすると(腕立て伏せの姿勢で手の代わりに肘を着いたような姿勢)、ぐっと負荷が強まる。片腕を上げるだけでも難しくなる。
さらに発展させると、腕立て伏せの姿勢から片腕、片脚を水平に上げて、2点で支持するエクササイズになる。これはかなりきつい(無理は禁物)。

スタビライゼーション・エクササイズの目的は、「動作中の頭や体幹、四肢の位置や状態を素早く把握して、神経と筋肉の協調性機能で姿勢や動作を調節し、バランスをうまく維持・回復する能力を養う」ことである。
そこで期待できる効果は、関節支持力の向上、関節可動性の向上、関節可動域の拡大、重心や軸の把握と安定性の向上などだが、なかでも動的柔軟性の向上が期待できるという点に注目すべきではないかと思う。

「静的な柔軟運動をすると、とてもからだが柔らかい人でも、スポーツをすると逆に動きが固くぎこちない人を多く見かけます。その動作に慣れていないという原因も一つの要素ですが、(中略)関節まわりの筋力や関節支持力が十分でないために、動作の中で関節可動域を最大限に活用できないという問題が発生するのです」

また、運動時の障害予防のためにも動的柔軟性を高める意義は大きいと著者は述べている。

全体で220ページほどの本だが、そのうちの半分以上がエクササイズの紹介に充てられている。初級エクササイズ42種類、中級エクササイズ35種類、上級エクササイズ31種類が掲載されており、筋力の弱い人から強い人まで、運動経験の少ない人から多い人まで、若者から年配者まで、ほとんどの人が自分に合ったエクササイズが見つけられそうだ。
全部で100種類以上もあったら、かえって何をやったらいいのかわからない、ということがないように、著者は目的別にエクササイズを10個ずつ集めたメニューを用意してくれた。
競技復帰のためのメニューや腰痛改善のメニュー、中高年の筋力不足を補うためのメニューなどが用意されており、競技別に、陸上競技向けのメニューやサッカー、野球、テニス、ゴルフ、スキーなどに向けたメニュー、そして格闘技向けのメニューも用意されていて、自分用のメニューを作る際の参考になる。

個々のエクササイズは、とてもシンプルな動作(ないしは姿勢)なのだが、実際に試してみると意外に難しい動作もある。初級エクササイズから試してみよう。無理をせず、楽しめるくらいの余裕をもって続ければ、きっと得るものがあると思う。
(実践にあたって大切なことは、注意事項を守ることだ。決して無理をしないこと、合間にはストレッチングを行って筋肉の緊張をほぐすこと、姿勢保持や動作は正確に行うことなど、本書に書かれている留意点を厳守するようにしてほしい) 2004.1.18.


余談:今流行りの「ピラティス」は、ファンクション体操にヨガの要素を加えて作られたものだという。日本で知られ出したのは最近のことだが、誕生したのは80年ほど前のこと。ファンクション体操がベースとなっているとすれば、「スタビライゼーション」とは兄弟ということになる。

『スタビライゼーション』

著 者:
小林 敬和 + 山本 利春
出版社:
山海堂
定 価:
1,890円(税込)

「私たちは地球上で重力の影響を受けて暮らしていますが、(中略)姿勢を維持し動作を行うことはまったく無意識のうちに行われています。けれども、ときにはスポーツやトレーニングによる偏った負荷、また日常生活上の慢性的な負荷(長時間の通勤や作業スタイルなど)が適正なからだの状態を変形させる原因となっています。こうしてからだが歪み姿勢が悪くなると、重力に抗している起立筋群(頸(くび)・肩・背中・腰などの筋群)が負担を受け、凝りや痛みを発します。さらには周囲の神経や脊髄にも影響を及ぼして症状が全身に至る場合もあり、それが原因となって心身が深刻な疲労状態に陥る可能性もあります。」


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