『黒人リズム感の秘密』

「不気味な東洋人が奇声をあげて挑発するもんだから、向こうは当然むかつく。で、ダンスのバトルとなる。(中略)追々ダンサーたちが集まってきてワッカになる。そこで1対1の勝負をする。ひどいときは1対8のバトルをやったこともある。負けたことは一度もない。当たり前だ。こっちはプロだ。あらゆるファンクスタイルをこなすわけだから」

著者、七類 誠一郎(トニーティー)は26歳でアメリカに渡った。大学院を卒業してからのことで、ダンスで身を立てようと考える者にとっては、遅いと言える年齢だろう。
しかし、わずか6年後にロサンゼルスにダンススタジオを設立するほどの成果を挙げるのだから、たいしたものである。著者の胸の内にみなぎる自信は本書のあちこちに披瀝されている。
上記に引用した文は、著者の修業時代のエピソードであるが、武術修業者が強そうな相手を求めてストリートファイトを挑むのと変わらない。ただ、「バトルした後は必ずといっていいほど仲良くなる」という文が続くのではあるが。
実際には、本書はダンスバトルの本ではないし、ダンサー志望の若者のサクセスストーリーでもない。

「私は黒人リズム感の謎のベールをはがし、先天的な種の要素という厚いオブラートに包まれて見えにくいリズム本質を黒人リズム感から抽出し、それを分析し、系統だて、普遍的な『パルスリズム』として法則化した。そしてこの『パルスリズム』を後天的に短期間で体得するためのトレーニング理論・方法論を組み立てていった」

著者のこの言葉に、何かを付け加える必要を感じない。本書は、まさに著者が主張している、そのままの本である。
単に自信があるからというだけでなく、大学院で運動生理学を修得していることもあってか、著者の筆致は明快である。もってまわったような言い回しがなく、ダイレクトに論を進める。
黒人の踊りを生みだした黒人の音楽、黒人の身体、黒人の生活などを分析しながら、黒人特有の動きにメスを入れていく。

本書のことは、小田伸午(『運動科学』)・小山田良治・木寺英史(『常歩』)による常歩(なみあし)のホームページで知った。
今のところ、大型書店でも常設している店は少ないので、立ち読みできる可能性は少ないと思う。

以下、各章の概要を記す。

第一章 黒人ダンスの歴史
ゴスペル、ブルース、R&B、ソウル、ファンク、ブラックコンテンポラリー、ヒップホップ、ラップ……。
白人のダンスの歴史もふまえながら、黒人ダンスの歴史が概観できる。
黒人ダンス(ファンク)のリズミカルでしなやかな動きは、ビートの効いた黒人ダンス音楽によって培われてきた。

第二章 黒人リズム感とは
踊れる曲と踊れない曲の差は、体幹部でビートを刻んで踊れるか踊れないかの差である。ビートが速過ぎて単調な音楽では、手足でしかビートを刻めない。
日本人はダウンビートの民族であり、黒人はアフタービートの民族である。
黒人リズム感とは、黒人特有の体型や骨格、柔軟性、重心の高さなどの先天的要素(黒人フィーリング)と、アフタービート主体の動きという後天的要素(ノリのリズム)の組み合わせによって生みだされる感覚である。

第三章 リズム理論
後天的に獲得される「ノリのリズム」を「パルスリズム」と名付ける。
パルスリズムを体得するには、音楽のビート→大脳の知覚→身体の動きという図式が前提となる。音楽のビートを聞くことが第一に必要である。
黒人たちは体幹部を動かし続けることによって正確なビートを保持し、保持したビートを軸に複雑なリズムを作りだしている。 この体幹部の連動運動を「インターロック(Interlock-Movement)」と呼ぶことにする。インターロックでは、首・胸・腰が中心となる。「そのリズムの起点は首にある。首から発した動きが波のように胸と腰に連動していき、結果として大きな動きのノリのリズムを形成する」
ダンスでは、「タメ」て打つことで、リズムの「ノリ」を作り出す。タメをコントロールできるようになることが、リズムを作り出すことに直結している。
動きに「シナリ」を加えるには、脱力がポイントとなる。「腕を長く感じるように、重く感じるように動かすトレーニングが必要」である。
「黒人ダンスは脱力、つまりリラクゼーション(Relaxation)をベースとする」のである。

第四章 パルスリズムの実践
著者が解明したインターロックの基本の動きが写真とともに解説されている。
「動きのリズムの方向性によって体幹の連動運動は7つに分類される。従って、インターロックの実践にあっては、動きのリズムの方向を明確にしておかなければならない」

【7つのインターロック】
1.首  (BIRD)
2.胸前方(SWAN)
3.胸前方(BAT)
4.胸横 (PANTHER)
5.腰前方(DUCK)
6.腰前方(SHRIMP)
7.腰横 (ALIGATOR)

インターロックは体幹部の動きであり、腕や脚は体幹部(首・胸・腰)の連動を補助するためだけに使われる。
「連動とはある一カ所が動くからそれに連なって他の部分が動くことである。この関係にはわずかながらも時間差が生じる。この時間差が動きの連鎖にとって非常に大事なのである」
「共動」では時間差が生じない。時間差が生じないと波が生まれない。
練習にあたっては、ビートを打ち込む前は最大に脱力してタメること(最大脱力)、打ち込む時は最大の力とスピードで行うこと(最大瞬発力)、一連の動作を大きく行うこと(最大振幅)が大切である。

第五章 基本ステップ
ファンクの基本ステップが7種類紹介されている。
動きのリズムの発信源はあくまで体幹部であり、そのリズムの延長線上でステップを踏むこと。
「足を踏み込んだ瞬間に、しっかりと踏み込んだ足に体重心が移動していることを確認しながら練習していくことが上達の秘訣である」

第六章 パルスリズムの身体効果
首は身体の動きの要である。首を固定して踊ると身体は自由に動かない。
ノリのリズムに、瞬間的に打ち出すキレのリズムを加えることで、ノリのリズムがさらにダイナミックになっていく。動きの幅が広がり、リズムのバリエーションも増える。
「力を抜くこと」は、インターロックにおいて終始意識されなければならない大事なポイントである。実際の動きの中でリラクゼーションが感じとれなければならない。「いくら横になって力が抜けてたって、動きだしたらガチガチでは全く意味がない」
一般のリズムトレーニングでのバランス感覚のテストや訓練は、静的バランスについて行われる。例えば、両手を開いて片足でバランスを取ったり、バランスを維持したまま一本の線上を歩く。このような感覚は静的なものであり実践の場ではほとんど役に立たない。「ヤジロベエではあるまいし、こんなダンスやスポーツはない」
バランス感覚は、動きの中で発揮されなければならない。「動的バランスにおけるターンの軸は無数にある」

第七章 総括
人間の体力(身体行動能力)は、筋力(運動を起こす力)、持久力(運動を維持する力)、調整力(運動を調整する力、柔軟性・巧緻性・敏捷性・平衡性)の3つの要素に分類できるが、そのすべてにパルスリズムトレーニングが有効である。
陸上競技やバレーボール、バスケットボール、ボクシング、水泳、野球、サッカー、キックボクシングと空手などへのパルスリズムトレーニングの応用を述べている。2004.9.12.


著者からのメッセージ:
「明日もダンスが続けられる平和な世の中であるように、ダンスを愛好する者全てがダンスに携わっていられるように。
「ワールド・ピース・スルー・ダンス(World Peace through Dance)」
これが私の心のスローガンである」


註1:
インターロック(interlock)は、「連結する」「連結させる」「連動」などの意。

註2:
「第四章 パルスリズムの実践」の中の「Gのリズム」(P.129)という一節にちょっとした誤植がある。
「7つのインターロックは重力に作用する2つの身体リズムと複合されて行われる。一つはボディダウン(反重力方向)であり、もう一方はボディアップ(反重力方向)である(本文のまま引用)」
もちろん、ボディダウン=重力方向である。

黒人リズム感の秘密

『黒人リズム感の秘密』

著 者:
七類 誠一郎(トニーティー)
出版社:
郁朋社
定 価:
2,100円(税込)

「黒人達はダンスやスポーツなど、即興的な動きの変化に伴って、体重心を無意識のうちに探る能力に長けていると言える。バランスを崩すことを楽しんでさえいるように見える。重心の移動に対する身体バランスの許容範囲が日本人に比べて大きいのである
「ここまでいったら倒れるだろう」
と思うのだが、倒れない。倒れないどころか、そこから流れるように別の動きに移っていく」
(第六章「パルスリズムの身体効果」より)


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