『デクステリティ 
巧みさとその発達』
詳細内容紹介

日本語版への序文
著者まえがき

第1章 巧みさ(デクステリティ)とは何か
人間の身体能力を表す四つの概念がある。力強さ、スピード、持久力、そして巧みさである。
「巧みさ」は制御の機能であり、その実現には中枢神経系が最大の役割を果たす。
運動の巧みさは普遍で、万能な能力であり、誰もが手に入れることができる。長い脚や厚い胸板は必要なく、人並みの体格で、人並みに健康であれば十分である。そして、巧みさとは、力強さや持久力などのような身体能力そのものではない。
「巧みさは生活していく中での行為や動作経験の蓄積である。このため巧みさは歳をとるにつれて向上することが多く、他の心理物理学的能力よりもずっと長いあいだ保持される。そして心理的な他の能力と同じように、巧みさには個性がある」

第2章 運動制御について
人間の身体は、四肢と頭だけでも100近くの自由度を備えている。首や体幹の柔軟性を加えれば、さらに自由度は増加する。
機械は自由度を制限することで自動運転を実現している。本書の執筆時点では、三つ以上の自由度をもった人工機械は存在しなかった。(多自由度を備えたロボットが実現されたのはコンピュータ技術が十分に発達してからのことだ)

「見たり、歩いたり、走ったり、投げたりするときには、いくつもの関節で異なる動作が同時に行われる。このような統合した動作は、繊細に調整された協応的なシナジーとして進行する。このことを考慮すると、困難の一つについてその全体像がすぐに浮かび上がる。複雑な動作の要素一つ一つに注意を向け、個別に制御するとしたら、莫大な注意を配分しなければならなくなる」(シナジー=共同作業)

さらに、筋肉(および腱)の有する「弾性」が制御を難しくする。
「たとえばこんな想像をしてみよう。自動車のエンジン内のシリンダーが、硬い金属シャフトではなく、らせんばねのような弾性要素によって可動部に接続しているとしよう。すると、クランクシャフトの動きは、シリンダー内の動きに厳密にしたがうのではなく、他のさまざまな要因に依存するようになる」
このようなエンジンが「まったく同じ力を10回繰り返して発揮したとしても、10回ともまったく異なる運動が引き起こされることすらある。このようなシステムの制御は、感覚器が継続的にシステムを監視してはじめて可能になる」

運動の「協応とは、運動器官の冗長な自由度を克服すること、すなわち運動器官を制御可能なシステムへと転換すること」である。

第3章 動作の起源について
この章では、生物の発達(進化)の歴史を、運動の発達の歴史として振りかえる。

単細胞の生物が多細胞の生物になり、多細胞の生物の内部で細胞が専門化し、原始的な運動が生じる。やがて、化学物質による興奮の伝達が電気インパルスによる伝達に代わり、神経系が誕生した。

腔腸(こうちょう)動物は食物の摂取も排出も同じ口で行うが、あるときから、消化管が身体を貫き、両端に口と排出口を備えた生物が発達し始めた。実は、これが大きな変化の前触れだった。
口のある側にはいろいろなセンサーが備わるようになる。なぜなら、食べ物を探すのは口側で、真っ先に危険に出会うのも口側である。このため、体は頭のほうから先に動く。
当初は接触したものを感じるセンサー、接触受容器が発達するが、やがて嗅覚・聴覚・視覚という距離を隔てた対象物を感じるセンサー、遠隔受容器が生まれる。
遠隔受容器によって「知覚することで、体を部分的に動かすことではなく、空間内で体全体を動かすことが必要」になる。
また、「欲しいもの、あるいは脅威になるものがずっと遠くにあっても発見できるということは、一連の動作を計画する時間が与えられているということである。遠く離れて発見できるということは、事前に発見できる」ということであり、原始的な記憶の発達につながった。それは、原始的な知能、原始的な巧みさをもたらした。

「口が遠隔受容器を創り、遠隔受容器が脳を創る、ということが起こったのだ」

ベルンシュタインはこの後、横紋筋(筋肉)の出現や、骨(骨格)の出現、内骨格(脊椎動物)と外骨格(節足動物)の差異、骨格の差異から生じた運動能力の差異などについて説明している。

生物間の生存競争は次々に新たな運動課題を提出する。その解決には感覚野(脳・神経系)の発達が不可欠だった。

「鳥類や、とりわけ爬虫類と比較した場合、哺乳類は攻撃や狩りなど一回性の、目標をもった動作のレパートリーをより多くもっている。これらの行為は型にはまったものではなく状況に応じて変化し、きわめて正確ですばやい適応性を示す。これらのことは、唐突に出くわした難局をうまく切り抜けるために学習していない新たな運動の組み合わせをすばやく創り出す能力が向上したことを示している」

第4章 動作の構築について
個体発生は系統発生を繰り返す、と言われる。受精卵からの成長は進化の歴史を短期間でたどり直す。胎児には一時期えらがあり、それが別の器官へと変化していく。同じように脳も一段階ずつ成熟していく。

脊椎動物の脳はいくつかの段階で飛躍的に発達し、そのつど中枢神経系は新たなクラスの感覚調整を獲得した。その変化は徐々に起こるのではなく、「大規模な質的変化を伴う急激な飛躍を通して一気呵成に」進む。「このような飛躍は、脳という建物に新しい階、つまり新しい運動系を次々につけ加える」ことになった。

新しい動作レベルYがつけ加えられたとき、それまでの最高レベルXは使われなくなってしまうわけではない。レベルYが複雑な動作の調整を行うのに足りない部分をレベルXが補う。

例えば、走りながら木からリンゴをもぎ取る動作を考える。リンゴをもぎ取るという動作は、走ったり跳んだりするよりも高次の異なる脳構造によって制御されている。しかし、この高次のレベルは、走って飛びつく移動運動の助けを借りる必要がある。

高次の運動は、先導レベル背景レベルの協力関係からなる。そのような協力関係を作り上げるための(念入りな)準備作業を練習と呼ぶ。

第5章 動作構築のレベル
「レベルA」は、体幹と首の筋が受けもつ、体肢に先行するレベルである。四肢がダイナミックに動いているときに、適応的に身体を支えている。人間においてはレベルAが動作を先導することはない。(重力の影響を受けない特殊な状況を除いて) レベルAは、ほとんど自覚なしに不随意に作用する。

「レベルB」は、筋-関節リンクのレベル、移動運動のレベルである。動作のリズムを制御する。感覚調整の能力に優れ、運動スキルの形成や動作の自動化に密接に関係している。
レベルBは、動作を内部で首尾一貫させ、すべての筋のふるまいを協応させることはできるが、このような複雑で調和のとれた動作を「外部条件の変化や実際の環境に適応させる」ことはできない。
しかし、レベルBは、あらゆる運動の背景レベルとして重要な役割を果たす。

「レベルC」は、空間のレベルである。外部空間を知覚し、外部空間を利用する能力を担う。
空間レベルの運動とは、例えば、「狙いを定めて対象を移動させる」運動である。それは、対象物を移動させることだけでなく、身体を移動させたり、押されてもその場にとどまるようにしたりすることも含まれる。
「物を指さしたり、手に取ったり、動かしたり、引っ張ったり、置いたり、投げたりする動作はレベルCに属する」
また、レベルCの動作は、ある程度の正確さと精密さを有する。

「レベルD」は、行為のレベルである。行為とは単一の動作ではなく、複数の動作の連鎖構造からなる。そして、行為を何度か繰り返す際に生じる何らかの変動に対して、連鎖の構成と構造に適応的な変化を加えることができる。
有意味な行為連鎖はみな、行為リンクという要素から成り立つ」
「有意味な連鎖が実現するということは、高次の空間レベルC2や、筋-関節リンクのレベルBなどの上に行為リンクの系列が建築されることを示している」
「低次の空間レベルC1は歩行や対象物の移動などを組み立て、高次の空間レベルC2は正確に投げたり、打ったり、当てたり、指を差したりする動作などを組み立てる。しかしながら、レベルCも、レベルBやAも、対象物の意味や連鎖問題の意味を把握できない
「低次のレベルは、自分自身で自らのために行為に必要な個々の動作リンクを形成する能力もなければ、その必要もない」

バッティングで言えば、ヒットを打つという「行為」は、バットを振ってボールを前に飛ばすというレベルCの動作からなる。バットを振るために体幹部や脚、腕の筋肉を適切な順序で協調させて動かすレベルB、バットを振る間の姿勢を維持するレベルAが土台にある。
打とうとするボールが直球か変化球かは、レベルDが把握する。下位レベルは球種を知らない(あるいは関知しない)。
2ストライクに追い込まれた状況でレベルDが速球を予測したとしよう。レベルDはレベルCの速い球が打てる動作を準備する。レベルB、レベルAもそれに同調する。実際に投げられたボールがカーブだった場合、レベルDはレベルCの動作を切り替える。レベルBの動作はタイミングを遅らせて起動されるだろう。レベルAはその間も姿勢を維持し続ける。

第6章 練習と運動スキル
運動スキルは発達に時間がかかる。運動スキルは複雑であり、運動スキルが発達するためには、いくつもの段階を経なければならない。

第Ⅱ章で論議された筋の性質(弾性、柔軟性)のために、「ある筋に指令を送ったとしても、体肢が実際どのように動くのか脳は前もって知ることができない」
したがって、「体肢を制御可能にする方法は一つしかない。つまり、動作がはじまった瞬間から、脳が継続的に注意深く感覚器からの報告にもとづいて動作を監視し、その場に応じた調整をしながら動作を操る必要がある」

「トレーニングを積んだ運動選手のランニングフォームは、いつ見ても同種のコインの絵柄のように一緒だ。ただし、同じフォームになるのは、脳が筋へまったく同一の運動インパルスを届ける能力をもっているからではなく、感覚調整が間違いなく働いているからに他ならない

学習したい「動作を実際に何度も繰り返し行う必要があるのは、感覚調整の土台となるすべての感覚を実際に経験する必要があるからだ」

第7章 巧みさ(デクステリティ)とその特徴
巧みさはどうやら運動それ自体にあるのではなく、制御も予測も不可能な環境からの影響や、変わりゆく外界の条件との相互作用によって現れてくる
「相互作用がより複雑で予測困難になればなるほど、人はそれらをよりよく克服し、その動作はより巧みになる」

「各感覚器官がスキルの練習に伴って感受性を増す能力をもっていることは、実用上おおいに重要である。どの運動スキルにおいても、正確さは、練習次第で大いに向上する潜在性を秘めている。正確さはまた、高次の空間レベルC2に典型的な練習による練習可能性の転移をはっきりと示す。多くの異なるスキルを練習することによって発達した正確さは、巧みさのための重要な背景を形成する」

「残念ながら、言語はまだ完璧に進化を遂げていないので、内なる感覚調整に関する面を説明できず、内的な動作構造も定義できない。だから、特にスキル獲得の初期においては、運動選手は慎重に着実に一人でこれらの作業をしなければならない。賢い選手ならば、体も神経系も大いに異なる偉大なスポーツ選手の動きをまねしようなどとは思わないはずだ。自分自身の動作を理解し、自分の意識へ情報を送り届けるよう感覚器官に要求することによって、最終的には自分自身の個性にもとづいた、自分に最も適した運動が仕立てられる」

巧みさとは、いかなる外的状況においても解決となる運動を見いだす能力、つまり生じた運動の問題を、以下の条件を満たして十分に解決する能力である。
正しいこと(適切で正確)
すばやいこと(意志決定においても、結果の達成においても)
合理的であること(適宜性を備え、経済的)
資源を利用していること(咄嗟の機転が利いて、先見的)」

著者あとがき

主要語句解説

[解題]運動はどのようにして環境に出会うのか
 ―― ベルンシュタインの三つの発見


訳者あとがき
人名索引
事項索引

『デクステリティ』

著 者:
ニコライ・A・ベルンシュタイン
訳 者:
工藤 和俊
監訳者:
佐々木 正人
出版社:
金子書房
定 価:
4,410円(税込)

「最も実用的で正しいトレーニングは、最小限の努力でさまざまな種類のよく計画された感覚を経験し、これらすべての感覚を、意味を理解しつつ吸収し記憶する上で最適な条件を創り出すように組織化されるだろう」
(第Ⅵ章「練習と運動スキル」より)


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