『日本人の知らない日本語』

この本の表紙を「見たことがない」と言う人はいないのではなかろうか。
書店では目立つところに置いてあるし、新聞広告でもしばしば目にする。
今年の10大(3大かも)ベストセラー入り間違いなしの大ヒット・コミックエッセイである。
笑いながら読めて、ためになるという理想的なベストセラーなのだ。

まず、絵がかわいい、というのが単純によい。
世界各国から日本に来た留学生たちの描き分けかたも無理がない。
中国人は中国人らしく、アメリカン人はアメリカ人らしい顔(態度、言動)をしている。
任侠映画かぶれのフランス人マダムとか、時代劇にはまったスウェーデン人女性とか、同級生に恋して美文調の日本語でラブレターを書く中国人学生とか、すんなり読めて笑える。
想定外の質問を繰り出す留学生たちと対決(?)し、苦悩する先生の姿も可愛らしく描かれている。

そして、情報量が多い。
漢字、ひらがな、カタカナの歴史や敬語のルール、標準語の成立、物の数え方、さらには日本でのお見舞いのマナーや留学生のバイト事情まで、150ページに満たないページ数にいろいろな情報が詰め込まれている。

漢字や敬語が外国人には難しいだろうとは、日本人の誰もが考えることだが、どう難しいかまでは深く考えたことはないと思う。
本書では、漢字の受け止め方の出身国ごとの差異とか、敬語について留学生たちがどんな質問をしてきたかを具体的に紹介しており、さりげなく(読者の先入観を裏切らずに)、漢字や敬語に関する知識を教えてくれる。
「教えて頂けますか」と「教えて下さいませんか」の違いとか、「さしつかえなければ」と「おそれいりますが」の違いとかになると、日本人でも答えられない人がほとんどだろう。
「がんばれ」は本来目下の者に言う言葉である(これは何とか知っていた)が、では、目上の人には何というだろうか。「ご苦労さま」の場合は、目上の人には「お疲れさま」と言うように、「がんばれ」にも対応する表現があるはずである。

「(お花のえらい先生曰く)確かにがんばって下さいは目上の方にはふさわしくありません。その場合「お疲れの出ませんように」と言うのがよろしいでしょう。
 (なぎこ先生の言外の突っ込み)そんな美しい日本語聞いたことないです
(「第3章 間違い敬語」より、上記の括弧内は私の注です)

また、本のタイトル通りに日本人でも詳しく知らないことを面白おかしく説明してくれる。
助数詞の項では、留学生の質問という形で、便器・手袋・スキー板などの数え方とか、動物や船が大きさによって数え方が変わる(頭>匹、隻>艘)ことなどを教わる。
ひらがなの項では、花札の「あのよろし」とはどういう意味かという質問(任侠映画おたくのフランス人マダムの質問)から、明治時代までは今よりもっと多くのひらがなが存在していたことが解説される。「あのよろし」とは、実は「あかよろし」と読み、「の」のように見える文字は昔の「か」という字なのだ。
「です」「ます」といった言い方が明治時代から標準的な言い方になった理由、漢字の読み方が多い(音読みと訓読み)理由なども説明されている。

私が「へぇ~」と思ったのは、○と×の意味が日本と外国で違うということだった。
テストの答案に○を書いて返すとがっかりされると言うのだ。
なぜかと言えば、「正解には“チェック”をつける国の方が多いから」である。
フランス・アメリカ・中国の留学生たちのセリフ、「マルがついてたら「ここまちがってます」の印です」。

「コントローラーに○×が付いているゲーム機の操作も逆。日本なら○ボタンを押すと「決定」、×ボタンは「キャンセル」ですが、米国版は逆、×が決定、○がキャンセルです」
(「第4章 トコロかわれば」より)


ところで、丁寧語として単語の前につける「お」と「ご」の使い分けのルールを説明できるだろうか。どういう単語に「お」をつけ(お子さん)、あるいは「ご」をつける(ご子息)のか。

「基本的に「お」は和語、「ご」は漢語につきます。」
(「第8章 日本のルール」より)


たいへん勉強になる本なので、「ご」一読を「お」勧めする。 2009.9.1.


補足:「お」と「ご」の使い分けだが、例外はもちろんある。電話や茶は漢語だが「お」をつける。

蛇足:「しかと」(無視するの意)とか、「ボンクラ」(悪口)とかは、もとは賭博用語。

『日本人の知らない日本語』

著 者:
蛇蔵 & 海野凪子
出版社:
メディアファクトリー
定 価:
880円+税

「「『敬語』が使えるようになったら、日本語話者としてレベルアップできますよ」などとうまく乗せて授業をやっていると、たまに「アルバイト先で教えてもらう敬語が変です」と言う学生が出てきます。(中略)そんなとき「確かに変ですね。でも、そこは合わせておいたらどうですか」と学生には大人の対応を勧めつつ……「その『敬語』、間違いです!」と声を上げないのは日本語教師としてはどうなのかと思ったり。悩ましいことですねぇ」
(「ESSAY 03 バイト敬語は困りもの」より)


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