17.「立つだけ」でよいのか

「ムック」というタイプの書籍があります。
雑誌の形態で、概ね特定のテーマに絞った記事によって構成されているものです。それで売れるようであれば、本のように再版されるようです。付録でDVDが付いているものも目に付きます。
1年ほど前から、武術ブーム(といいますか甲野善紀ブーム)にのったムックがいくつも発売されています。
最初のうちは、ひとつひとつ買ってはざっと目を通していましたが、次から次へと新しいムックが発売されるので、もう買うのはやめました。店頭で目次をさっと眺めるくらいです。

そう思っていながら、最近また1冊のムックを買ってしまいました。
『東洋武術で驚異のカラダ革命』という、いささか眉唾なタイトルを堂々と冠したムックです。
目玉はやはり甲野善紀で、甲野氏が以前から名前を出していた意拳の光岡英稔(みつおかひでとし)氏との対談がメインのようです。
他には、王貞治の一本足打法、太極拳、弓道、フェルデンクライスなどに関する記事が掲載されています。
価格の割りには充実した内容で、さすがに中国武術雑誌の編集ではキャリアのあるスタッフが揃っているな、と感じさせます。

ただ、私が気になったのは、一部の記事の見出しと内容との間にあるギャップです。

大成拳を取り上げた章「中国武術のたどりついた最終鍛錬法 站椿功(たんとうこう)の秘密」には、「立つだけで強くなる、病気が治る」というコピーが付けられています。
また、その章の扉のページには、章の概要を説明した文章があり、その文の中にもやはり「立つだけで多くの病人が回復し、武術の達人になる」という言葉があります。

ところが、本文に書いてあることは「立つだけ」ではありません。
大成拳の練習に関しては、「まず站椿功から始まる」とあり、「ゆっくりと手を動かす練習」があり、「歩き方を練習」する方法があり、「二人で腕を触れあわせて反応の練習をする推手」という方法がある、と書かれています。
さらに、先を読んでみると、「まず、拮抗する筋肉が働かないよう、ただ立つだけの練習をする」とあり、「次に、必要な筋肉にだけ力を入れる練習をする」とあります。
つまり、入門段階では「ただ立つだけ」の練習を行い、次に立った姿勢で感覚を練る練習があり、さらに、手を動かす練習や推手を行うと書かれているわけです。

この内容について、「立つだけで強くなる」というコピーを付けるのは、いかがなものでしょうか。

同じようなギャップが、別のコラムの見出しと内容にもあります。
目次では「ただ立つだけで良い…?」というタイトルのコラムですが、面白いことにページを開いてみると、見出しが「ただ立つだけで良い…」となっています。なぜか“?”がなくなっています。
先の記事と同じように「ただ立つだけ」で強くなれるのでしょうか?
本文を読んでみると、站椿功の姿勢がテーマで(説明は省きますが)、日本散打チームの監督は「20年かかって『ただ立てば良い』という結論に至った」とあります。
実は監督は、立つ練習をする時は何も考えず、何もせずにただ立っていればよいと言っているのであって、立つ練習をするだけでよいと言っているわけではありません。
つまり、監督は、立ち方について自分の見解を述べているのであって、練習が立つだけでよいとは言っていません(このコラムを読む限りでは)。

「ただ立つだけ」、、、(ウ~ン)微妙な表現ですよねぇ、、、(読者サイドからすれば「ウソじゃないの」と言えるし、編集者サイドからは「誤解するほうがおかしい」と言えるし、、、)

いずれにせよ、見出しだけ、目次だけで内容をイメージすることに、誤解が生じやすいのは間違いないでしょう。意図的に誤解を誘導するような見出しが、付けられている可能性もあるわけです。

よく見かける表現ですが、「ただ~だけで」とか「完全」とか「絶対」とか、「すべて」「誰でも」「やさしい」「かんたん」などの用法には、充分注意しないといけません。読むにしても、書くにしても、話すにしても。
何の前提条件もなしにこうした言葉を使ったら、「確実に」ウソになるはずだと思います。
(あーあ、ボクも使っちゃった)

站椿功(たんとうこう)についての考察をイメージしてこのページを読み始めた方、ごめんなさい。 2004.10.12.

補足:
フェルデンクライス・メソッドが取り上げられているのはうれしいのですが、フェルデンクライス・メソッドは「武術」ではありません。名前からわかるとおり、「東洋」でもありません。フェルデンクライスは西洋人です。
まあ、この辺も強引と言えば強引ですよね。
フェルデンクライスは確かに柔道を習いましたが、フェルデンクライスが開発したメソッドは、ヨガや生理学、解剖学、心理学など広範囲の研究から生みだされたものです。

蛇足:
そうそう、このムックを買った本当の理由は、稽古仲間の知り合いの写真が掲載されていたからです。
站椿功(たんとうこう)を深く研究するため、ではないのです。。。

おまけ:
しかし、もっとすごい例もあるのです。
「動きの達人入門」(ベースボール・マガジン社)というムックです。
目次に「か~んたん 古武術ダイエット」とあります。表紙にもこの見出しが載せられていて、「驚きの即効性!!」というコピーまで付けられています。
ところが、この記事(見開き2ページ)を開いてみると、「古武術ダイエット」という単語はどこにもありません。「ダイエット」という単語もありません。「古武術」という単語さえありません。
まあ、確かに「“日本人力”でキレイになる!強くなる!痩せる!」という見出しが、目次と本文の両方にありますが、、、
この記事を読んで「即効性のあるダイエット法」だと納得する人が何人いるのかなぁ、という感じです。
これって、せっかく取材を受け入れてくださった先生に失礼ではないでしょうか。
(ベースボール・マガジンさん! こんな売り方していいのですか?)

『東洋武術で驚異のカラダ革命』

出版社:
学習研究社
定 価:
1,000円(税込)


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