19.同じレシピを使えば、
同じパンができる

自分の身体を動かす技術が上達しているかどうかは、簡単にはわかりません。
まあ、たいていの場合、うまくなってはいない、というのが本当でしょうが、、、
(それはオイトイテ)

自分の上達について考えるときに必ず前提となることがひとつあるように思います。それは自分の中で何かが変わっているということです。
自分の中に何の変化もなければ、上達について考える意味はありません。まったくお金を出し入れしていない口座の残高が増えているわけはないのです。
何らかの変化を感じるからこそ、上手くなったのかな、下手になったのかな、と考えるはずです。
銀行の口座なら通帳記入をすれば明細を見ることができますが、自分の運動を評価するとなるとそんなに簡単にはいきません。
そもそも、動きを評価するということ自体がむずかしいことだからです。

美術・陶芸のプロは、本物、良い物をたくさん見ると聞いたことがあります。本物をたくさん見ることで偽物が見分けられるようになるというのです。
この原理は運動にも適用できる可能性がありそうです。よい動きをたくさん見て、動きを見る目を養うということが大切です。

ところが、動きを見る目ができたらできたで、別の問題にぶつかります。
たいていの場合、自分の動きの進歩は、見る目の進歩より遅いものです。自分の動きを見るとがっかりする、ということになります。

「上達する」ためにはどうしたらいいのでしょうか。
自分にとって一番いい動きを選ぶことが「うまくなる」ということだとすれば、選択肢を増やすという戦略が重要になります。より多くの選択肢から選ぶことができるほうが、「上達する」可能性が大きいことになるからです。
選択肢を増やすとはつまり、動き方のパターンを増やすこと、1つの動きについて複数のやり方を知るということです。選択肢を増やす、これはフェルデンクライスメソッドの考え方です。

冒頭から「上達する」とか「うまくなる」などの言葉を使ってきましたが、実は、私はこのような価値判断を含んだ言葉は使わないように心がけています。「変化する」「変わる」などの、いい悪いの価値判断を含まない言い方のほうが好ましいと思います。
ただ、練習の方向性を明確にする、あるいは当面の目標を設定するといったことも大切です。このような場合に評価すべきことは、基本として要求されることにどれだけ近づいているか、基本の精度が向上しているかといったことではないでしょうか。
(すべて「基本」どおりにできているのに、うまくならないと感じる場合は、その「基本」に対する理解や「基本」と思っていることの合理性を検討する必要があるでしょう)

変化を起こすために、何ができるでしょうか。
料理にたとえて言うならば、レシピ(練習方法)を変えるやり方と素材(自分のからだ)を変えるやり方とに分類できます。

[レシピを変える方法の例]
・同じジャンルの別の種目を練習する
・別のジャンルの種目を練習する
・歩幅を変える、腰の高さを変える、動く速さを変える など

[素材を変える方法の例]
・使用する道具を替える
・ストレッチ
・ヨーガ
・野口体操
・武術基本功 など

いろいろな作戦があると思います。 2005.3.27.

ちょっと長い蛇足:
この本は、大きな書店に行けば、コンピューター関連の書籍あるいはシステム開発関連の書籍が集められた棚に収まっているはずです。
気の利いた店員さんがいれば、そのような書棚の前に平積みにすることでしょう。コンピューター関連の業界では、知る人ぞ知る(のはず)名著なのです。
私はこの本を少なくとも5回は通して読みました。とにかく面白いのです。
この本について語り出すときりがありません。人間について、人間関係について、人間と仕事について、これほど深い洞察をこれほどやさしい言葉で語った本は他にないでしょう。
実は、『コンサルタントの秘密』の中では、“同じレシピを使えば、同じパンができる”という言葉は、同じ練習を繰り返していては進歩しない、という意味で使われているのではありません。むしろ、その逆なのです。
おいしいパンを作るためのレシピを変えてしまうと、おいしいパンは作れなくなる、という意味で使われています。レシピを変えてしまったら、おいしくなくなるのは当然である、というニュアンスなのです。
かといって、絶対にレシピを変えてはいけない、と強圧的に語っているわけはありません。
興味がわいた方は、「第四章 そこにあるものを見るの法」の‘白パンの危険信号’というエピソードを読んでみてください。

『コンサルタントの秘密』

著 者:
G・M・ワインバーグ
訳 者:
木村 泉
出版社:
共立出版
定 価:
2,940円(税込)

「この本は、「理系」と「文系」の両方を含む、ちゃんとしたいい仕事を目指す大人のための楽しくまた恐ろしい本、というのが一番ぴったりした位置づけだと思う。コンピュータ関係の話がところどころに出てくるが、それは例であり、この本を読むのにコンピュータの専門知識はいらない。ある文系の、実務についている友人に頼んで訳稿に目を通してもらったところ、いい勉強をさせてもらいました、といってもらえた。実に実にうれしかった。広くお勧めする次第である」
(「訳者緒言」より)


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