29.床との接点

足の裏は、私たちの身体が地面(または床)と接触している部位です。
英語で sole (ソール、ソウル)と言います。辞書で調べると、足の裏・靴底・基底部[面]などの語が並んでいます。
sole のもうひとつの意味は(というかこちらが主なのですが)、唯一の・単独の・独占的なという意味です。
私たちが立っているときの地面との唯一の接点が足の裏ですから、思わず納得です。
(魂の意味のソウルは、soul とつづります。お間違いなきように)

練習で型や基本動作をチェックするときには、鏡やビデオを使うと思います。
鏡を使う場合、鏡を見るという行為そのものが型や基本動作を歪めるという問題があります。チェックしたい動作で目が向く方向に鏡があればよいのですが、そのような場合のほうが少ないでしょう。
ビデオを使う場合は、後からでなければ見ることができないという制約があります。動きながらリアルタイムにチェックするというわけにはいきません。

「鏡のないところで姿勢を認識しなければならないときにはどのような情報に頼っているのであろうか。それは筋活動や関節活動、外圧による刺激など体内の感覚受容器で感じとる体性感覚による」
(「第3章 太極拳運動の特徴」より、以下も同じ)


「体性感覚」をインターネットで調べてみると、表面感覚(皮膚感覚)と深部感覚を合わせて体性感覚というとあります。表面感覚には触覚、圧覚、温覚、冷覚、痛覚があり、深部感覚には運動感覚、深部痛があります。
一般に「感覚」として連想されるのは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚などですが、これらは「特殊感覚」と呼ばれます。
「深部感覚(Deep sansation)」は、筋肉の中にある筋紡錘(Muscle Spindle) や腱の中にある腱紡錘(Tendon Spindle) という張力を検知する受容器(器官)から伝えられる情報です。それら以外、パチーニ小体やルフィニ小体という皮膚にある受容器も重要です。

「その中でも姿勢の変化を如実に反映するのが足裏の面圧分布である。筋活動は必ずテコの力を発生して物理的な変化を生み出す。それは重心を支える力の変化として足裏に到達する。すなわち姿勢の良否は必ず足裏と床との接点に現れる
(太字は原文のとおり)


テコの作用は、支点・力点・作用点があることで成立します。支点が定まらなければ、テコは成立しません。 人体の動作が数多くのテコの組み合わせで構成されているとすると、あるテコAの支点が別のテコBの作用点であり、テコBの支点がテコCの作用点であり、テコCの支点がテコDの作用点で、、、という連結構造があるはずです。
身体の動き(つまり姿勢)を支える最終的な支点が足の裏となります。
(もちろん「立位では」です。逆立ちなら手のひらです)

「ゆっくりとしたスピードで行う太極拳は足裏の知覚情報を即座に動作に反映することが可能な運動である。このリアルタイム制御こそ太極拳運動のスピードを決定づける重要な観点であり、本来太極拳の動作速度はこの能力により決定されるべきものである」

相手(あるいはバットやラケットなどの道具)と接触している部位から足の裏までの間に存在するすべてのテコが精確に機能しなければ動きの精度は低下します。
今までの日常生活や練習の中で身につけた動き(テコの連鎖)を変えるには、ゆっくりと動くことが必要です。動作が速いと既存のパターンが自動的に起動されます。
ゆっくりと精確な動作を繰り返すことは、太極拳に限らず大切な練習だと思います。では、「ゆっくり」とはどの程度のスピードなのでしょうか。
足の裏の感覚が生かせるスピード、これが目安にできるのではないでしょうか。

「床との接点である足裏の感覚は姿勢制御に関する最良の教師となる」 2007.3.18.

補足:
身体の中の無数のテコを活性化するためにも、ストレッチングは重要だと思います。

蛇足:
sole とはまた、魚のシタビラメ、シタガレイのことでもあります。足の裏に形が似ているからでしょうか。面白いですね。

『健康太極拳規範教程』

監 者:
楊 名時
著 者:
楊 進、橋 逸郎
出版社:
ベースボール・マガジン社
定 価:
2,520円(税込)

「人の顔がそれぞれ違うように、手足のバランスも人それぞれである。それゆえ、同じように楊名時太極拳を学んでいても人によりその型は千差万別であり、それが自然の法則でもある。(中略) 腕の長さが変われば、手の位置、高さ、動作のタイミング、すべてが変わらなければならない。そうでなければどこかに無理がくる。大切なのは外面でなく内面である。型(身)を学ぶ難しさがここにある。それを克服する方法は「理」と「道」を知ることである」
(「序文」より)


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