44.超能力のトリック

「プロジェクト・アルファ」として知られる事件がある。
かつてアメリカに、マクドネル超能力研究所という施設があった。この研究所は、航空機製造大手のマクドネル・ダグラス社の取締役会会長からの50万ドルの出資によって1979年に設立された。
その名の通り、ここでは「超能力」を研究していた。ところが、3年ほど研究が続いた頃、研究対象となっていた2人の「超能力者」が、実は自分たちは「マジシャン」であると告白した。
研究所のスタッフが3年間も研究していた「超能力」、金属を曲げる・念写・テレパシーなどはすべて「マジック」だったのだ。 1985年、超能力研究所は閉鎖された。

このマジシャン2名の師匠がジェームズ・ランディである。現役時代は「ジ・アメージング・ランディ」と称され、脱出マジックを得意とする凄腕のマジシャンだった(60歳でプロ・マジシャンを引退)。1970年代に、スプーン曲げで有名になったユリ・ゲラ-と対決してウソを暴き、その後はテレビ伝道師のイカサマを暴露したりと、怪しげな超能力やオカルトの正体を明るみに出す活動をしている。

マクドネル超能力研究所が設立されるとき、ジェームズ・ランディは「超能力者」がよく使うトリックをレポートにして送り、要請があれば無償で実験に立ち会うことも申し出た。しかし、レポートは送り返され、支援の申し出も無視されてしまった。そこで、ジェームズ・ランディは2人の弟子(プロジェクト開始時の年齢は18歳!と17歳!!)のマジシャンを送り込んだ、、、

ジェームズ・ランディの企画でさらに痛快なのが「サイキック・チャレンジ」、「100万ドル超能力チャレンジ」($1Million Paranormal Challenge) である。
「科学的に実証できる超能力を持つ者に、100万ドル(1ドル=100円換算で1億円)を進呈する」と宣言し、世界中の「超能力者」からの挑戦を受け付けている。
1964年の開始以来、のべ1000人以上が挑戦したといわれるが、1人も成功していない。
(サイキック・チャレンジは2015年9月をもって終了していました)
参考URL:http://magicmore.net/randi-1-million-dollar-challenge/

と、いうようなことを最近ネットで発見してほくそ笑んでいたら、ふと、以前読んでいた本書『超能力のトリック』を思い出した。
この本(講談社現代新書799)は現在品切れ中で、古本で買うしかない(Amazonでは1円から、2009年12月現在)が、ぜひとも、とお勧めしたい1冊である。

「ちょっとしたテストをやってみてください。
つぎにあげる十項目の超常現象は、どれも大勢の観客の前で、または何人かの専門家の立ち会いのもとで、実際に行われたものばかりです。
(中略)
ほんとうの超能力には○を、そうでないと思われるものに×印をつけてください。
1.ふたをした懐中時計のなかの時刻を透視する。
2.目かくしをして指先の感触で、色をみわける。
3.封筒の封を切らずになかの手紙の文字をよみとる。
4.ひとりが手にもった品物を、目かくしをして遠くはなれた位置にいるもうひとりがいいあてる。
5.部屋の外で選ばれた数字をあてる。
6.ふたりが一組ずつトランプをもち、それぞれ一枚のカードを覚える。ふたりのカードが一致する。
7.数日後のスポーツ新聞の見出しを予告する。
8.うしろ向きのまま黒板に書かれた数字をよみとる。
9.釘を念力で曲げる。
10.サイコロをふってでる目を、百発百中予言する。」


そうである。お察しの通り、これらはすべてトリックで再現できる疑似超常現象なのである (上記の引用では省いたが、本書では各項目の行末に種明かしをしたページが書かれている)。

かつて、ユリ・ゲラ-という自称超能力者がマスコミを賑わせたことがあった。1974年のテレビ番組(複数)がきっかけだった。
それらの番組で彼はスプーン曲げを実演したり、日本へ念力を送って動かなくなった時計を動かしてみせるなどと言って、視聴者を驚かせた。

「ユリの時計トリックは、外国では「古くさいトリック」としてよく知られているものです。パーティのジョーク(いたずら)として一度やってごらんなさいと書いているのを、子ども向けの遊びの本でよんだことがあります。」

時計が故障する原因はいくつかあるが、なかに歯車の間に油かすがたまって止まってしまうこともある。そういう時計は、手の中でしばらく握っていると、手の熱で油かすが溶けて再び動き出すことがあるのだ。
こうして動き始めた時計を見た視聴者が、ユリの番組を見た視聴者のうち何パーセントかだったとしても、日本全体ではそこそこの数にはなったかもしれない。しかし、それは「念力をかけるかけないはなんの関係もない」ことだった。

「この時計トリックには日本だけでなく、外国でも、古いトリックのタネを知らない何人かの科学者がだまされました。
ジョン・テイラーというイギリスの物理学者であり、数学者は、「ユリは絶対に時計にさわらなかった」とふしぎがりました。
科学者をひとりだまして証言させることは、何千人という観衆をだますよりもはるかに重みのある宣伝効果が得られます。」


しかし、人間の心理というのは不思議である。
マジシャンがユリ・ゲラ-と同じようにスプーンを曲げてみせても、ユリ・ゲラ-がにせものの超能力者だとは思わないのだ。
マジシャンから見れば「じれったくなるほど稚拙」なユリ・ゲラ-のパフォーマンスが、もっともらしく見えてしまう。もたもたして時間がかかってもかえって信用されてしまう。
はては、こんなことを言ってユリを弁護する人まで現れる。

「もしユリがトリックを使っているのなら、スプーンはいつでも曲げられるはずだ。曲げることができないときもあるというのは、それが彼が奇術師ではなく、超能力者である証拠なのだ――と。」

これっておかしいでしょ。

『超能力のトリック』に、ユリ・ゲラ-の母国イスラエルの週刊誌の記事が紹介されている。「HaOlam Hazeh」誌の1974年2月号はユリ・ゲラ-の特集号で、ユリがイスラエルで演じた11のトリックの種明かしをした。
その1つは、ユリとアシスタントとの間で取り決められていたサインを暴露している。数字が1のとき、左目に触る、数字が2のとき、右目に触る、といった約束事である。ユリが目隠ししたり、後ろを向いているときにアシスタントが見たことは、こうしたサインやジェスチャでユリに教えられていたのである。
この記事では「私たち国民がイスラエルからユリを追放したのは正しかった」と書き、ユリが欧米で活躍している(当時)のを「皮肉っぽく」紹介しているそうである。

人間の記憶などはあてにならないものである。もちろん、あてになる記憶もあるから私たちは社会生活を営んでいられるのだが、あてにならない記憶も多くあることを自覚しなければならない。
マジックのテクニックはそうした心の隙をうまく利用している。フォーシング、ワン・アヘッド・システムなどの説明を読むと、こんなことで人はだまされてしまうのかと思う。
同時に、こういうテクニックを編み出した人はすごい!とも思う。マジックはマジックとして演じるべきである。人目を引くためかどうかはわからないが、「超能力」などと言い出すから問題視されるのだ。

次の引用はちょっと長くなるが、新刊で買えない本だからということでお許し願いたい。

「超能力があるかないかといった議論をするとき、「この目でみないかぎり信じられない」といいだすのは非常に危険です。
「それではあなたは自分の目で確認すれば納得するか」と逆襲され、相手に「超能力現象」をみせられたとき、その現象がトリックによるものだと解明できなかったときには、「この目で見た以上信用するしかない」といわざるをえなくなってしまうからです。
またかりに、超能力現象のそのトリックをみやぶったとしても、それはいくとおりもあるイカサマ手段のたったひとつだけをみやぶっただけであるかもしれず、相手が別のイカサマ手段で再挑戦してきたときは、別の方法もみやぶれるとはかぎりません。いってみれば、相手の投げてくる手裏剣の全部をたたきおとさねばならず、そのうちひとつでも命中すれば、相手は勝利宣言をするという、きわめて分のわるい勝負なのです。超能力者との対決というのは。
超能力の存在を信じるか信じないか、という超能力論争ほどむなしいものはありません。
 (中略)
超能力論争はただ一点に問題をしぼりきるべきです。
それは「超能力」を標榜(ひょうぼう)しながら、人工的なイカサマ手段が使われているのではないかという点で、この疑惑がまず晴らされなければなりません。
超能力の研究は、イカサマでないことがだれの目にもはっきりした時点で、その研究をはじめても、なんらさしつかえないはずです。」


久しぶりに本書のこの部分を読み返しているとき、ふと、なぜ振り込め詐欺がなくならないのか思いついた。
マスコミがいくら振り込め詐欺(やその他の詐欺)の手口を紹介しても、詐欺師たちは新たなシナリオを考えるからなのだ。マスコミで紹介された手口を知らない人がだまされることは当然のようだが、マスコミで紹介された手口を知っていても、いやむしろ知っているがゆえに、新たなシナリオのトリックに気がつかずにだまされてしまうのだ。

『超能力のトリック』で繰り返し注意されていることがある。
「奇術というふしぎの効果をつくりだす方法は、けっしてひととおりではない」ということである。衝動的な犯行でない限り、人をだまそうという人たちは周到な準備をしているはずなのだ。自分は絶対にだまされない、などとは思わないことが大事だろう。
当たり前のようなこと、一見つまらないようなことでも確実に確認すること、警察も含めた第3者の意見を聞くこと、ちょっとした用心で大きな被害がふせげるのである。

最初に紹介したジェームズ・ランディのすごいところは、『超能力のトリック』の著者が言うところの「相手の投げてくる手裏剣の全部をたたきおとす」を実践していることだ。素人にはマネができないことである。

ジェームズ・ランディが日本のテレビ番組に出演したときの言葉を紹介する。
「今日、またひとつ超能力など存在しないことが証明されました。証明できない力を信じてはいけません。それは皆さんの人生さえ脅かすことになります。国家であれ個人であれ、イタズラに超能力を信じ込んでしまうのは極めて危険なことなのです。カルトです。このことをぜひとも肝に銘じてほしいのです」 2009.12.6.

補足1:
マジックは楽しみましょう。

補足2:
ジェームズ・ランディと2人の弟子。
Project Alpha


補足3:
「超能力」を授業で実演

注1:
ハリー・フーディーニ(1874年~1926年)は、「脱出王」の異名を取った、アメリカの有名なマジシャン。

『超能力のトリック』

著 者:
松田 道弘
出版社:
講談社(講談社現代新書)
定 価:
(新刊はありません)

「フーディーニは、最愛の母を亡くしたあと、降霊会まわりをはじめました。母からのメッセージがききたかったのです。もしこの世に本物の霊媒がいるならきっとさがしださずにはおかないという異常な執念で、ときには一日に二度も降霊会のはしごをしたことさえありました。しかし、どの降霊会もフーディーニを絶望させただけでした。この反動で、彼はとつぜん降霊会に見切りをつけ、イカサマ降霊会とスピリチュアリズムをこの世から一掃してやろうと中世の十字軍のような決意をし、実行に移したのです」
(「第一部-超常現象は創られる」「4―科学者対超能力」より)


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