『ひとりでできる 
アレクサンダー・
テクニーク』

アレクサンダー・テクニークの本はすでに関連本が多数あるが、昨年出版された本書は内容もよく、新しく書かれていることもあり、お勧めできる本に仕上がっている。

野口体操やフェルデンクライス・メソッドについては、創始者の手になる本を読むことができるが、アレクサンダー・テクニークについては、創始者のアレクサンダー自身が書いた本が現時点では翻訳されていない。そのせいか、フレデリック・マサイアス・アレクサンダーとはどのような人で、アレクサンダー・テクニークの原点はどこにあるのか、もうひとつつかめない感じが残っていた。

本書では、随所にアレクサンダーの言葉が引用されており、「アレクサンダーの物語」という章では、まさにアレクサンダー・テクニーク誕生の苦痛に満ちたプロセスが描かれている。アレクサンダー自身についてもっと知りたいという思いをかなり満たすことができた。

本書を類書とはひと味ちがう印象にしているのは、アレクサンダー・テクニークに対する著者の捉え方が他の本とは異なっているからかもしれない。例えば、、、

「アレクサンダー・ワークは治療というよりは武道のように進化してきました。その発達の仕方はカイロプラクティックよりは合気道に近いのです」

なぜ著者は「合気道に近い」と言うのか。別のページで、アレクサンダー自身の技法の精妙さを示すエピソードが紹介されている。

「アレクサンダーの手がもっていたほどの能力のある先生は、世界中にほとんどいません。アレクサンダーは片手をあなたの頭のてっぺんにおいて、イスからあなたを文字通り引っ張り上げて立たせることが、彼の手にある方向性により、できたのです。それは(伝えられるところによると)まったく奇跡のように生徒を空中に吸い上げる感じで、そのひとはどうしようもなかった、といいます」(カッコは原文のまま)

アレクサンダーという名前の部分を著名な合気道の達人の名前に置き換え、「方向性」という単語を「合気」に置き換えても通用しそうなエピソードである。
しかも、このような技術(手法)が複数の後継者に受け継がれているようなのだ。なかでもパトリック・マクドナルドというアレクサンダーの直弟子は「手を使ったハンズ・オン・ワークの信じがたい技術」を有していた。著者は自身の体験として、パトリック・マクドナルドのレッスンについて書いている。

「マクドナルド先生自身がものすごく強力な手の持ち主であり、生徒を続けざまにヒョイヒョイとイスから立たせたり座らせたりするのが好きでした。(中略)わたし自身は運よく一九七八年に彼自身の手から受けることができました。わたしは自分でどうなったのか知らない間に立っていたのでした。すると、自分で知るより前に、座っていたのでした!」

このような部分だけを抜き出して書くと、何やら武術の達人に近づけそうな「流派」のように思われてしまいそうだが、本書全体でこの2個所しかないという部分の引用なので、そのような期待は抱かないようにお願いする。

著者は、教えの系譜を紹介することで「アレクサンダーの機関紙に非難が載る」だろうと言いながらも、3人の直系のアレクサンダー教師、パトリック・マクドナルド、ウォルター・キャリントン、マージョリー・バーストーについて、略歴、ティーチング・スタイル、主な活動などを紹介している。

アレクサンダー・テクニークというと、「(頭を)前へ、上へ」というキーワードを連想する(しませんか?)。本書の第7章「動きの解剖学」では、このポイントが詳細に記述されている。この章全体が太極拳でいう「虚領頂勁」の解説になっていると思った。

「アレクサンダーは「前と上へ」を発見しませんでした。彼が発見したのはそれの反対で、後ろと下でした」

だから、「前と上へ」を探すことから始めないほうがよいと著者は指摘する。まずは自分自身の実際(ほとんどの人にとっての「後ろと下」)がどうなっているのかを探索するべきなのだ。かつてアレクサンダーがそうしたように。
特に、太極拳を稽古している方々にお勧めしたい所以(ゆえん)である。

本書のサブタイトルは、「心身の不必要な緊張をやめるために」となっている。
LOHAS(下記に注あり)という言葉は早くもマスコミの表舞台から消えてしまったようだが、アレクサンダー・テクニークの「引き算」(抑制:inhibition)の考え方は。まさにLOHASにふさわしいように思う。

 (目次)
 1.概観
 2.アレクサンダーの物語
 3.動きの生理学
 4.アレクサンダー・レッスン
 5.教えの系譜
 6.ひとりでできるアレクサンダー
 7.動きの解剖学
本書以外に当サイトで紹介しているアレクサンダー・テクニークの本については、下記のページを参照していただきたい。

感想文ページ 「『アレクサンダー・テクニックの使い方』
感想文ページ 「『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』
稽古雑感ページ 「9.体の地図作り」 2007.4.15.


注:
LOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)。直訳すると「健康で持続可能な暮らし方」という意味。読み方はロハスまたはローハス。自身の心と身体の健康と同時に、地球環境やまわりの人の幸せも考えて行動するライフスタイル。サステナビリティーとは持続可能性という意味で、簡単に言えば人類が滅びず持続していける循環型社会を意味する。

補足:
「教師はあなたに触れますが服は着たままです。服を脱ぐようなことがあれば、すぐにそこを出てください。それは不必要ですし、あってはならないことです。また、教師はあなたの性器、乳房、尻に触る必要はありません。そのようなことがあったら報告してください」
(「4.アレクサンダー・レッスン」より)

蛇足:
アレクサンダー系の本は題名が長いと感じるのは気のせいだろうか。

さらに蛇足:
本書の「1.概観」に興味深い言葉が引用されていた。
「信念とは筋肉の活動だ」(アレクサンダー)
もちろん、筋トレをしなさいということではない。

『ひとりでできるアレクサンダー・テクニーク』

著 者:
ジェレミー・チャンス
訳 者:
片桐 ユズル
出版社:
誠信書房
定 価:
2,730円(税込)

「うまくやろうと一所懸命になりますと、自分自身をだまして首の緊張など増えていないと思いこみがちになるものです。あなたの首が楽に動きやすくなることが、あなたの実験の指導原理です。これがほんのちょっとでもできないうちは一歩も先へいけません」
(「7.動きの解剖学」より)


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