16.ストレッチ考

筋肉は押せません。引くだけです。(本稿は「4.胴体の鍛え方」の続編に当たります)

ですから、下図のように、柱を真っ直ぐに立てた状態を維持するためには、柱の周囲にある複数の筋肉の引っ張る力で釣り合いをとらなければなりません。



下図のようにA~Lまでの12の筋肉で中央の柱を支えていると仮定した場合、筋肉Dが損傷して働けなくなってしまうと、他の筋肉がDの担当分をカバーしなくてはなりません。



例えば、筋肉CとEが引く力を増やすことによって、バランスを保つことができそうです。この方法では、筋肉CとEの負荷が高まります。

または、筋肉Jの引く力を0(ゼロ)にしてしまうことでもバランスが保てそうです。ただし、この方法では、外部からD-J方向の力が加えられたときにバランスを維持することが難しくなりそうです。

これら2つの方法の組み合わせも考えられます。筋肉CとEが引く力を強めるのですが、同時に筋肉Jの引く力を弱めてやることで、筋肉CとEの負荷の増加を抑えるのです。
いずれの方法をとるにしても、筋肉Dが機能していたときの状態と同じ状態には戻せそうもありません。やはり、筋肉Dの機能を回復させるという方法が一番です。

これは便宜上ごく簡単な仕組みで考えたわけですが、このような仕組みのもっと複雑なものが人間の身体には何個所かあります。ひとつは頭部を支える首と肩周辺の筋肉群で、ひとつは骨盤を支える股関節周辺の筋肉群です。
表層部の筋肉と深層部の筋肉、大きな筋肉と小さな筋肉、長い筋肉と短い筋肉が協同作業でバランスを維持しているわけです。これらの筋肉の一部が硬くなったり弱まったりすると、他の筋肉が影響を受けて疲れやすくなったり弱くなったりすることがイメージできると思います。

身体が動くと言うことは、骨格の配列(アライメント)が変わると言うことです。骨格の配列が変わるのは関節が動く(あるいは動かされる)からです。そして、関節が動く(あるいは支えられる)のは筋肉が力を出すからです。(骨格を調整する筋肉の働きについては、「13.筋肉を使う」を参照してください)

関節は複数の筋肉の協同作業で機能します。
関節が本来の機能を発揮するためには、関係する筋肉のそれぞれが骨格に力を伝えることができなければなりません。姿勢が悪いためにストレスが掛かり放しになっている筋肉や、クセがある動き方のせいで普段使われていない筋肉などがあると、関節は本来の機能を発揮できません。それだけでなく、特定の筋肉に負荷が集中して障害が発生する可能性があります。
人間の運動には筋力と柔軟性の両方が不可欠です。筋力と柔軟性のバランスを維持するためには継続的に身体を動かすことが必要です。

こうしたことからも、ストレッチングの果たす役割は大きいものがあると思います。(関節支持力の向上については、読書遍歴ページの『スタビライゼーション』を参照してください)
私見ですが、ストレッチングは、やらない人はまるっきりやらない、やる人はやりすぎるという傾向があるようです。なかなかちょうどよい範囲に収めるのがむずかしいものです。(私自身はやりすぎ派だと思っています。つい結果を欲しがってしまうのですよね)

そこで、自戒の意味をこめて、下記の本を参考に安全なストレッチングのための基本原則を考えてみました。

【安全なストレッチのために】

1.ウォーミングアップを行う
強度の高いストレッチを始める前には、ウォーミングアップを行い、必ず身体を温めておきます。ストレッチ中に身体が冷えないように注意します。

2.痛くなったら止める
筋肉が引き伸ばされる感じと痛みは別のものです。無理はしないことです。また、他人のストレッチをサポートする場合も決して無理をさせてはいけません。

3.反動を利用しない
反動をつけると思わぬ負荷がかかる危険があります。特に自分の関節可動域の限界に近づいたら、反動を使わないようにします。

4.楽な姿勢で行う
バランスが取りにくい姿勢でストレッチを行うと、やはり想定外の負荷がかかる危険があります。ストレッチした状態が保持できるような安定した姿勢で行いましょう。さらに、せっかくのトレーニングを無駄にしないための要領を挙げておきます。
(こちらも自戒の意味をこめて、、、)

【効果的なストレッチのために】

1.ストレッチ状態を保持する
ストレッチした状態を10~20秒キープしてみましょう。筋肉に弛緩するための時間を与えるのです。息をゆっくり吐いてみましょう。

2.ゆっくり戻す
ストレッチした状態を戻す時には、ゆっくりと筋肉の緊張を解いていきます。バネが縮むように急激に戻してはいけません。

3.反動を利用しない
反動をつけたり、急激に伸ばしたりすると、伸長反射という反応によって筋肉は収縮します。これでは効果がありません。時間を無駄にします。2004.08.08.

おまけの考察:
上記の図を使って、柱が傾いた状態が継続するとどうなるかを考えてみましょう。
柱がGの方向に傾いている場合、筋肉Aが引っ張る力を強めなければ、柱が倒れてしまいます。筋肉Aの両隣の筋肉LとBも引っ張る力を強めなければならないでしょう。逆に、筋肉Gは力を入れてはいけません。つまり、筋肉Gは使われない状態になります。
このような状態が長く続いたら、筋肉A(およびLとB)が硬くなり、筋肉Gが萎縮してしまうことが考えられます。

ちょっとした補足:
ウォーミングアップのためのストレッチングと関節の可動域を拡大するためのストレッチングは別物と考えたほうがよいと思います。

とても重要な補足:
野口三千三が柔軟性について語っている言葉を紹介しておきます。ぜひ原典にあたってみてください。
「からだの一部に生じた状態の変化が、次から次へと順々に伝わってゆく、その伝わり方のなめらかさを柔軟性という」(P.27)
「人間のすべての働き(からだの動きにかぎらず、精神的な働きをふくめて)の良否は、肩や頸の柔軟さによって決定される」(P.31)
(ページ数は『原初生命体としての人間』(岩波現代文庫)によります)

『柔軟性トレーニング - その理論と実践』

著 者:
クリストファー・M・ノリス
監 訳:
山本 利春
出版社:
大修館書店
定 価:
2,100円(税込)

「50歳で、股関節外転筋が非常に硬い人には、「股(また)割り」はとうてい無理である。そもそも股割りなどできなくてもよいのである。柔軟性は、その人の年齢・体のつくり・活動レベルに適した水準でさえあればよいのである。「適度のストレッチング」は、それぞれの人にとって「適度」なものである、ということをしっかりと覚えておいてほしい。ストレッチングは競争ではない。勝者も、敗者もないのである」
(「第8章 柔軟性の測定」より)


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