34.定跡と型(形)

先日思わぬことでニンテンドーDSライトをもらいました。
久方ぶりでお呼ばれに預かった結婚披露パーティでのこと、イベントの景品でこの人気ゲーム機の最新カラーバージョン(Crimson/Black)が当たってしまったのです。

今までゲーム機を買ったことはありません。ファミコンもPSも持っていません。その理由は自分がゲームにはまるのが目に見えていたからです。
案の定、さっそく買い求めたチェスにはまってしまいました。
(いっしょに「英語漬け」という勉強ソフトも買ったのに、そっちは見向きもせず、、、)

子供の頃、将棋が好きで高校時代は将棋部にいたこともありました。囲碁も打ち方くらいは知っています。
チェスは大学時代に入門書を買ったりして勉強はしましたが、当時は相手がいなかったのです。パソコンが普及し始める頃で、現在のように簡単にチェスのソフトが手に入る状況でもなく、専用のチェスゲーム機はPS以上の値段だったと記憶しています。

チェスと将棋の違いと言えば、第一はチェスは取った(取られた)駒が再使用できないということですよね。これはご存知でしょう。
盤の大きさは将棋が9X9、チェスが8X8で白黒の市松模様です。チェス盤は右下が白のマスになるようにします。これはご存知でしたか?

チェスと将棋では、戦い方もずいぶん異なります。一般的に、将棋ではまず「歩」が少しずつ前進していって陣形を整え、「歩」のぶつかり合い(交換)から戦いが始まります。
チェスでは「ナイト」や「ビショップ」が序盤からよく動きます。「歩」のように並んでいる「ポーン」は、最初だけ2マス前に進めたり、相手の駒を取るときは斜めに進むなど、動き方は「歩」とはまったく別物です。

つまり、何が言いたいかといいますと、DSライトのチェスにボロ負けしたのですね。最初は。それで、「将棋の感覚がなかなか抜けないなあ」という言い訳をしていたのです。自分自身に。
昔買った入門書を引っ張り出して勉強を始めましたが、率直なところ、今も負けるほうが多いのです(レベル10まであるうちのレベル6に対して)。

将棋やチェスが強くなりたい人は、まず「定跡(じょうせき)」を学びます。囲碁では「定石」と書きます。
定跡とは、ある局面において最善とされる一連の着手のことを言います。古来から多数の棋士によって研究され、定説化している手順です。
定跡の解説を読むと、ある局面で定跡以外の手を指した場合になぜ不利になるかということが説明されています。定跡を知っていると、相手が「定跡外の手」を指したときに自分に有利な局面に導くことができます。
ところが、この「定跡外の手」が定跡書に載っている手ならいいのですが、定跡書に載っていない手であれば、自分で次の手を考えるよりありません。
また、定跡は必勝手順ではありません。先手後手が互いに最善の手を指すという前提がありますから、優劣不明の局面にいたる場合も多いのです。研究が進んで未知の手が発見されれば、先手有利が後手有利に、後手有利が先手有利に変わる可能性もあります。

そうは言っても、プロの棋士の試合では自分が考えられる時間(持ち時間)が限られています。やはり定跡を利用し、公開されている試合の棋譜(きふ=指し手の記録)を知っているほうが、考える時間を節約できるわけです。
アマチュアにしても、各大会では持ち時間が決まっていますし、定跡を知らないで負けたということは悔しいものなのです。

そのようなわけで久しぶりに定跡の勉強をしていたら、武術の型(かた、形とも書きます)が定跡とよく似ているものだと気がつきました。
定跡も型も、長い年月をかけて実戦から抽出されたものです。代々の名人・達人に受け継がれ、改良が加えられてきました。入門者はまず定跡や型を学びます。
定跡なんか実戦には役に立たない、と主張する人たちがいるという点も似ています。これに対する反論として、定跡を覚えることは、その局面だけではなく、別の局面においても正しい着手を発見するための感覚を養うことなのだ、と主張することができます。
武術でも型練習など不要という意見を耳にしますが、やはり、それぞれの武術に固有の感覚を養うためには欠かせないものだと思います。
(型がすべてと言い切る武術家、黒田鉄山の考え方については、「5.「型」とは何か」を参照のこと)

将棋やチェス、囲碁などの厳しいところは、盤面がすべて見渡せ、隠された情報が一切ないことです。最初の駒の配置も決まっており、サイコロの目など偶然の要素に左右されることがありません。勝つか負けるかは自分の判断がすべてです。

数百年から千年もの長きにわたって、戦いの歴史を刻んできた頭脳の格闘技からはいろいろ学べることがありそうです。 2007.12.20.

補足:
私が持っているこの本は初版でした。値段が780円(買った当時は消費税なし)。
表紙の上のほうが黄ばんでいますが、内容は同じです。
著者は朝日新聞の有名な観戦記者で将棋関連の本を多数書かれています。チェス関連の翻訳本もあります。

蛇足:
チェスは「K-1」で、将棋は「総合格闘技」などという例えも考えたのですが、本文に書くのは控えました。

『ヒガシコウヘイのチェス入門 定跡編』

著 者:
東 公平
出版社:
河出書房新社
定 価:
1,300円+税

シシリアン(引用者注:チェスの定跡のひとつ)は近年の流行戦法ですから、変化が多種多様で、初心向きではありませんが、一つの形をしっかり記憶しておけば他の形にぶつかった時に理解が早いのです。「どうせ定跡通りにはならないから」と投げやりな考えを持つと、ゼッタイに上達しませんよ。数百年の伝統を持つゲームでは、我流は通用しません」
(「第3章 チェスには定跡があります」より)


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