『ボディワイズ』

本能に強く支配される他の動物と異なり、人間には素晴らしい学習能力があるという主張を以前別の項で紹介した。(感想文ページの「『フェルデンクライス身体訓練法』」を参照)
このような後天的な変化の能力については、「可塑性」に優れる、とも表現される。
また、「順応性」があるとも言われる。

「順応性があるということは、柔軟でしなやかで、再生可能で、変化しても壊れたりしないということだ。人体はそれが可能なように設計されている。幼児や子供が遊んだり、自分の可能性の限界に挑戦している姿を観察していると、順応性は人間の天性のひとつであることがよくわかる」
(『ボディワイズ』)


ところが、時にこの順応性が裏目に出ることもある。

「私たちの身体は、もともと優雅に効率よく動けるようにうまく設計されている。にもかかわらず、早くも幼少の頃から身体機能を阻害するような動作パターンを身につけてしまう人が多い」

もちろん子供の頃に覚えた動きに限られることではない。大人になって始めた習い事で適切でない動き方を身につけてしまう場合もあるだろうし、手や足をケガしたときのかばうような動きがそのまま習慣になってしまうこともある。 こうしたことで引き起こされる身体的歪みはすぐには気づかれない。順応してしまうからである。どこかが疲れやすいとか、しびれや痛みがあるとか、慢性的な凝りがあるなどの症状が浮上してくることで、ようやく「どこかがおかしいらしい」と認識される。
本書「ボディワイズ」の著者は問う。私たちが「老化」と思っている症状は、こうした慢性的なアンバランスな動き方からもたらされたものではないか、と。

「私たちが老化のせいにしているさまざまな兆候が、じつは長年にわたって身体を誤って使ってきた結果、構造的歪みが大きくなりすぎて快適に動けなくなっただけだとしたら? 身体を徐々にすり切らせた結果、本来の復元力が働かなくなり、ボロボロになっているのだとしたら? またもし、自分にこうしたダメージを与えないですむ、正しい身体の使い方を学ぶことができるとしたら? そしてさらに、すでに存在するダメージをいくらかでも解消できるとしたら?」

スポーツや武術の練習には、こうした身体的アンバランスを解消する可能性があると同時に、身体的アンバランスを強化してしまう可能性がある。
どちらに転ぶかは、当人が基本練習を継続的に実践できるかどうか、コーチが基本練習を徹底させることができるかどうかにかかっている。

身体の構造を理解することは、自身の身体的アンバランスに気づくきっかけになりうると同時に身体的アンバランスを助長するような動き方を避けることを可能にする。
(アレクサンダー・テクニークの人たちは「ボディマッピング」と呼ばれる作業をする。稽古雑感ページの「9.体の地図作り」を参照)
著者は身体の構造を理解させるために、「テンセグリティ構造体」というモデルを導入する。これは高名な科学者バックミンスター・フラーが提唱した構造体である。
この考え方によれば、骨は人体の中でスペーサー(間仕切り)として働いている、という。

ところで、皆さんは、足(以下「足」は"leg"のこと)の付け根はどこだと聞かれたら、何とお答えになるだろうか。

「ほとんどの人は足が股関節から始まっていると感じている。たしかに人体の骨格標本を見ても、一般にそれが正しいように思える。だが、もし足を骨格ではなく筋肉の観点から見るなら、別の見方ができるのである」

股関節以外に足の付け根があると言われてピンと来るだろうか。そう言えば、みぞおち辺りの背骨から始まって、大腿骨に付着している大きな筋肉がある、、、

「チキンの足をつまんで引っ張ったとき、どこから足がはずれただろうか。股関節ではなく、肋骨の真下、みぞおち(背骨がいちばん飛び出たところの前面)のあたりではずれたはずだ。言い換えれば、大腰筋のところから足が離れるのである」

歩くときに、股関節から足を振るのではなく、みぞおちから振るように意識してみる。簡単なことではないが、チャレンジする価値はあると思う。
同じように腕の付け根を筋肉で考えると、背骨と上腕骨の根本近くを繋ぐ、やはり大きな筋肉がある。広背筋である。手も足も身体の中心から伸びていると考えることで、次の発見に結びつくかもしれない。
(『太極拳と呼吸の科学』をお持ちの方は、P.97を参照のこと)

本書の第4章では、各種のボディワークを四つの流れに分類して紹介している。すなわち、エネルギー派、機械派、心理学派、統合派の四つである。このサイトでよく取り上げているフェルデンクライスメソッドやアレクサンダー・テクニーク(アレキサンダー・テクニック)は機械派とされている。他の機械派には、ロルフィングやオステオパシー、カイロプラクティックがある。
このような見方は、いろいろな技法を整理して概観するのに役に立つと思う。

とにかく、読み所満載の本なので、強く推薦させていただきたい。
稽古雑感ページの「22.顔を解放する」も本書の内容を紹介している) 2006.2.26.


補足:
テンセグリティ構造体については、ネットで検索するなどしてみてください。
あの甲野善紀さんもときどき取り上げていらっしゃいます。

おまけ:
漢字の読み方などで、子供の頃に間違って覚えたことに気づかず、大人になって突然間違いに気がつくことがありますよね。「名残(なごり)」をずっと「なのこり」と覚えていた、とかね(ボクのことではないですよ)。
先日、荒川静香さんが金メダルを取ったときに表彰台で「君が代」を口ずさんでいましたが、あの歌詞「さざれいしの巌(いわお)となりて」を「岩音鳴りて」と勘違いしている人も多いのでは?

『ボディワイズ(からだの叡智をとりもどす)』

著 者:
ジョゼフ・ヘラー + ウィリアム・A・ヘンキン
訳 者:
古池 良太郎 + 杉 秀美
出版社:
春秋社
定 価:
2,625円(税込)

「身体の構造にストレスをかけつづけるということは、まさに出口を塞いだホースに水をむりやり流すようなものだ。過剰な圧力は、構造が弱くなったところを通して噴き出すまで見過ごされるだろう。身体の構造と機能のバランスをとることで、こうした破綻を引き起こす危険を最小限にくい止めることができる。適正な動きはそうしたバランスの鍵となるが、まず身体の構造が本来のバランスを取り戻すまで、バランスのよい動きや動作を身につけることは不可能である」
(第3章「身体の順応性」より)


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