『使える筋肉、使えない筋肉』

本書の意図はカバー扉に明確に示されている。
1.ウエイトトレーニングを行って筋肉を発達させることにより、スポーツ動作が下手になる、つまり「使えない筋肉」になる恐れが実際にある。
2.しかし、方法によってはその恐れを回避して太く強く、かつ「使える筋肉」を手に入れることが可能である。

筋トレをお勧めしようというつもりではない。私自身、筋トレはやっていない。
しかし、筋力が不要だとは主張しない。
「力を抜く」ということと、「筋力が必要」ということは矛盾することではない。

身体を動かすためには、筋力が必要である。初心者でも、上級者でも身体を動かすためには筋肉を使う。これは当たり前のこと、議論以前の大前提だと思う。

スポーツ・パフォーマンスの向上を求める人から、筋トレ(ウエイトトレーニング)だって必要でしょう、と問われれば、「そうですね」と言うしかない。
ただ、これからは、筋トレをする前に「ぜひこの本を読んでください」と言うことができる。
本書を読めば、ウエイトトレーニングの長所・短所をよく知った上で練習できるだろう。

同じ仕事を同じ量だけこなす動作Aと動作Bを比較するとき、必要な筋力がより少ない動作のほうを効率がよいと評価する。
一方、筋肉を太くするためには、筋肉に負荷をかけることが必要だ。ということは、効率の良し悪しは度外視して、筋肉にかかる負荷を高める動作を求めることになる。
ウエイトトレーニングの動作は、そもそも一般のスポーツが求める効率のよい動きとは相容れないものなのである。

動作スピードを上げるためには、筋力はいらないのでは、と思う人もいるだろう。
では、ベンチプレスで持ちあげられる重さが最大50kgの人が40kgを持ちあげる場合と、ベンチプレスで持ちあげられる重さが最大80kgの人が40kgを持ちあげる場合とでは、どちらのほうがバーベルを速く挙げられるだろうか。
筋肉が太くなり、筋力がつけば、スピードも上げられるのだ。
ただし、ウエイトトレーニング動作の影響が競技動作に出ないことが条件となる。

かといって、スポーツ動作を負荷をかけた状態で行うことには問題がある。
例えば、マスコットバットのような重いバットでバッティング練習を行うと、負荷のためにフォームが変わってしまう危険がある。また、動作速度が変わる(スイングが遅くなる)ために、タイミングがずれてくる(タイミングが早くなる)ことが考えられる。
このようなリスクがありながら、筋肥大についてはウエイトトレーニングほどの効果がない。
筋トレとスキルトレーニングを「無理矢理に合体させる」のは決して得策ではない。

それでは、筋トレをある時期に集中的に実施してはどうか、ということになるが、、、
筋肉は負荷をかければ太くなり、負荷が弱まれば細くなる。
したがって、筋肉の太さを維持するためには、負荷をかけ続けることが必須となる。
例えば、ベンチプレスが最大100kgになったからといって、筋トレを中止して、スポーツの動作練習ばかりにしてしまうと、筋力は徐々に落ちていく。
ベンチプレス最大100kgの筋力を維持しながら、動作練習を行うという工夫が必要である。
「ウエイトトレーニングとスキルトレーニングを混ぜて考えてはいけない」という一方で、両者を行う時期をはっきり分けても効果は上がらないのである。

本書では、プライオメトリック・トレーニングや初動負荷トレーニング、加圧トレーニングなどのトレーニング方法や筋肥大のメカニズムなどが詳細に説明されている。
今なら駅ビルの中など身近な書店でも見かけるので、手にとって目次だけでも眺めてみてほしい。

(文中でベンチプレス最大100kgなどと書いたが、そんな筋力が必要だとは言っていない。ただの例えなので、誤解のないように。たいていの場合、その競技動作の中で自分の体重が存分に利用できれば、充分ではないだろうか) 2005.5.1.


補足:
本文ではふれていないが、この本でいちばん「おいしい」のは、SSC(Stretch Shortening Cycle、ストレッチ・ショートニング・サイクル)に関する説明かもしれない。
垂直跳びで高く飛ぼうとするときに、いったん軽くしゃがむ。この「しゃがむ」動作の意味が解説されている。「反動を使う」とは具体的にはどういうことなのか。本書で知ることができる。
「腱というバネを上手に使えるかどうかがスポーツパフォーマンスで大きな力・大きな速度を出すためのキーポイントに」なる。
身体の動きについて考えるときには、骨と筋肉に加えて、腱についても考えることが重要となってきているようだ。

関係あるようなないような補足:
「一力(いちりき)十会(じゅっかい)を降(くだ)す。一力十技(じゅうぎ)を圧す」という言葉をご存知だろうか。
もちろん、武術に関する言葉で、技よりも力が優位にあるという意味である。
古代の中国では「拳」は「力」を意味していたという。
いざ戦いとなれば、力がものを言うというのが現実だろう。
ただ、老師がさらっとおっしゃるには、
「十の技で足りなければ、百の技を磨けばいい」と、、、

『使える筋肉、使えない筋肉』

著 者:
谷本 道哉
監 修:
石井 直方
出版社:
山海堂
定 価:
1,890円(税込)

「現代はあらゆる分野において科学技術が高度に発達しているためか、トレーニング科学にも「単独の方法での万能の効果」を期待している感があるようです。この期待感がトレーニング方法を迷走させてしまっているのではないでしょうか。ともすると迷走したあげく行き着く先は、もはや科学ではなく「唯一絶対のトレーニング法」という宗教になりかねません。スポーツトレーニングをしくみから理解し、数あるトレーニング方法の中から目的にあわせて正しく選別する必要があります。その手引きとして本書が役立つことを期待します」
(「あとがき」より)


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