35.長拳と太極拳

長拳って見たことありますか?
長拳のイメージが湧かない方は下記のサンプル(YouTubeの動画)をご覧になってください。
・長拳:http://www.youtube.com/watch?v=Is6VS2TiRWg

もうひとつ、若き日のジェット・リーもありました。
・長拳(李 連杰):http://www.youtube.com/watch?v=2rdufiz2p_0

「長拳は査拳、華拳、砲拳、洪拳、花拳などの拳術の総称である。これらはスタイルは違っているが、まとめていえる共通の特徴は、ポーズがゆったり大きく、動作は活発、スピードも速くて力が入り、リズムが明確ということである」
(『長拳』「第一節 長拳の基本知識」より)


長拳の動作は速いですが、ただ速いばかりではなく、静止するときはぴたりと静止することが要求されます。跳躍動作もあります。走るにせよ、跳ぶにせよ、バランスを保って静止するにせよ、相当の筋力や柔軟性が必要とされることは明らかです。

ゆっくり動く太極拳、年寄りが朝の公園で練習する太極拳とは正反対の武術に見えます。
でも、本当にそうなの? というのが今回のテーマです。

「上肢の運動は「拳が流星の如く」の要求に達するため、必ず肩をゆるめ肘を活かし、肩、肘、手首などの関節が運動中にゆるみと締め(活動)の両方ができるようにしておく」
(「第一節 長拳の基本知識」より)


このような肩や腕に対する注意は、太極拳を習う人も言われることです。太極拳の場合は「沈肩垂肘」と言うことが多いですが、関節を緩めることが求められるのは同じです。太極拳では拳をしっかり握ることはありませんが、長拳でもずっと拳を握りしめているわけではありません。拳を握ったままでは「流星の如く」腕を振り回すことはできません。

先日のNHKスペシャルで、男子陸上100m走で9秒74という世界記録を出したアサファ・パウエルが取り上げられていました。パウエルが100mを走るときのトップスピードは時速43.8km、そのときの歩幅は2m60cmだそうです。 パウエルは走るときに拳を開き、指を伸ばしています。拳を開いていたほうが肩がスムーズに動かせるのです。

次は歩法に関して、同じ長拳の本から引用します。「軽くて速い」の表現がなければ、太極拳の本からの引用だと言っても通用するのではないでしょうか。

「各種の歩法は運動中には軽くて速いばかりではなく、膠(引用者注:にかわ=接着剤)が地上に着くように安定し、足を動かさず、かかとを上げないという要求がある。上肢と胴体の動きに影響されず、かえって上肢と胴体の動きに必要な安定条件を提供する」
(「第一節 長拳の基本知識」より)


歩法が「膠(にかわ)」のようであれば、上肢と胴体の動きが安定するなんて、太極拳の先生に言われているようです。

「水と油」と言えば、「相容れないもの」の代名詞としてよく使われますが、長拳と太極拳は、「水」と「油」のような関係ではなく、同じ「水」の「軟水」と「硬水」、あるいは、同じ「油」の「菜種油」と「オリーブオイル」のような関係なのではないでしょうか。

動きの速さに関しては、伝統的な太極拳には速く動く套路(型)もあるのです。
例えば、北京体育大学出版社の『正宗呉式太極拳』(呉英華・馬岳梁 共著)には、一般にイメージされるゆっくり動く套路(慢架、まんか)と、速い動きを含む套路(快架、かいか)が掲載されています。
太極拳がもともとは健康法ではなく武術だったことを思えば、「快架」があることは何の不思議もありません。ただ、一部の専門家しか知らなかったというだけです。
笠尾恭二氏が太極拳について書いた昔の本をのぞき見させてもらったことがありますが、「慢架」と「快架」の存在が説明されていました。
その呉式の「快拳」ですが、慢架の套路とは動きが異なります。
・呉式太極快拳:http://www.youtube.com/watch?v=EfDXnhz2VuE

「楼膝拗歩」や「雲手」など、型の名称は同じでも動き方が変わっています。速い動きを学ぶために、別の型が用意してあるわけです。

「すべての拳路は快と静を兼ね、快はスピードをだし、静は安定することが求められる」
(「第一節 長拳の基本知識」より)


太極拳にはいろいろな楽しみ方があります。それも太極拳の素晴らしい点です。
どういう楽しみ方をするにせよ、太極拳の動きの基本原理が他の武術(あるいはスポーツ)にも繋がっていると考えたほうが、わくわくしませんか? 2008.3.23.

補足:
・馬岳梁老師(93歳!)の推手:http://www.youtube.com/watch?v=l_gmMqzf2I8
・呉式太極拳:http://www.youtube.com/watch?v=W-YV1IQX75U

蛇足:
この『長拳』は再版されるでしょうか?
興味がある方は早めに購入したほうがよいと思います。

『長拳 入門とレベルアップ』

著 者:
呉 彬・何 瑞虹・李 巧玲
訳 者:
馮 暁佳
出版社:
ベースボール・マガジン社
定 価:
1,600円+税

「動は波濤の如く、静は山岳の如く、起(起きる)は猿(の敏捷)の如く、落はカササギ(の軽快)の如く、立つ(一本足で)は雄鶏(の直立)の如く、站(立つ)は松の如く、転は輪の如く、折(曲がる)は弓の如く、軽は葉の如く、重は鉄の如く、緩は鷹(が空中で回転)の如く、快は風の如く。以上は「十二形」と総称される」
(「第一節 長拳の基本知識」より)


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