36.鏡を見る/見ない
まったくミーハーな理由から買った、映画のメイキング本でしたが、ちょっと面白い部分があったのでネタにしてみました。
(あっ、柴咲コウのファンクラブに入っているとかではありません。念のため)
鏡を見て、フォームを直す。
当たり前のことですよね。私も自分の姿勢や動きをよく鏡で見ます。
でも、このような考えもあるのです。
「トレーニングでは、鏡を見ながら練習することは禁止された」
(『少林少女 メイキングBOOK』「弐 決戦前夜」より)
女優さんが映画の役のために武術をトレーニングするというのに、鏡を見てはいけない?
「鏡を見てカッコよく決まってるかどうかというのは、あまり関係ないことなんです。どうしても鏡を見て確認したくなるんですけど、見たら意識がそっちにいってしまう。結局、いい蹴りとかいい突きって、自分の身体で感じるものなんですよね。そこでなぜ蹴るのか、どうしてそういう蹴りになるのかを理解できていれば、身体も気持ちよく動かすことができるわけで」
(同章より、プロデューサー西冬彦の言葉)
意識を自分の身体感覚に集中してほしい。そのために鏡に(視覚に)頼らないでもらいたい。このような指導方針もあると聞いたことはありますが、女優さんにそれを言うとは、、、しかも、カッコいいかどうかは関係ないとまで言ってしまう、、、
柴咲コウはずいぶん難しいことを要求されたようです。ただ、これは経験豊富な指導者がずっとそばについていればこそ可能なことでしょう。
そうでなければトレーニング全体が、練習する当人の望まない方向に向かってしまう危険もあるからです。
指導者の側から見れば、「鏡を見るな」と言うことは、「俺が鏡の代わりもする」と宣言するのと同じことです。指導者にとってはよりいっそうの指導力が問われる発言とも言えるでしょう。
このテーマについても野口体操の創始者、野口三千三(みちぞう)が言葉を残しています。
「すべての動きにおいて、視覚に頼るというやり方は、外的なものに頼ったり、意識的な筋肉の緊張努力に頼る傾向を生み、外側の形だけを整えようとする姿勢になってしまいやすい。このことは、人間の在り方の根本にかかわる恐ろしい力をもっていることを銘記すべきである」
(『原初生命体としての人間』第4章 原初生命体の動き より)
視覚を「使うな」とは言っていません。視覚に「頼る」のは危険ですよと警告しているのです。
映画『少林少女』の場合、トレーニング期間を終えて撮影に入ってからは、映画作りの常としてモニターでチェックするということをしています。
(今度は映像表現として武術性をどう見せるかという別のテーマが浮上してくるのですが)
鏡(あるいはビデオ)で見えることは、結果だけです。鏡(やビデオ)では、身体感覚までは見えていません。自分がどのように感じているか(感じていたか)を反芻(はんすう)しながら、感覚と外見の一致/不一致/相関性を確認する必要があります。
自分の身体、すなわち筋肉や腱のセンサーが感知していることを最大限に受け入れましょう。意識(あるいは言葉)は、一度に一つのことしか取り扱えませんが、体性感覚は同時に全身の情報を受け入れることができるはずです。
スポーツや武術の練習において、鏡やビデオはあくまで補助的な手段です。
鏡でもビデオでも、自分を客観視する、身体で感じていることを意識しながら見るということを忘れなければ、有効に利用できるでしょう。
2008.4.20.
補足:
どのような方法で練習するにせよ、大切なことは、独りよがりにならないことです。
鏡を見る/見ないに関わらず、先生・先輩・仲間の意見には耳を傾けましょう。
蛇足1:
『燃えよドラゴン』のブルース・リーのあのセリフはご存知ですよね?
「Don't think, feel」(考えるな、感じろ)。
蛇足2:
今度、映画のページでも作ろうかな。でも、毎月映画の話ばかりになってしまうかな。
マンガについて書かないのは、そういう心配があるからなんですよね。
『少林少女 メイキング BOOK』
- 取材・文:
- 渡辺 水央
- 柴咲コウ撮影:
- 廣田 美緒
- 映画スチール:
- 野上 哲夫
- 出版社:
- ぴあ株式会社
- 定 価:
- 1,300円(本体1,238円)
「自転車も一度乗れるようになったら、あとはなにも考えないでも漕げるじゃないですか。頭で考えなくても、身体が勝手に動いてくれる、そこが大事で、身体と正直に付き合っていくとちゃんと回路ができてくるんですよ」
(「弐 決戦前夜」プロデューサー西冬彦の言葉より)