54.トラス構造とは

楊名時太極拳の教室では、必ず「稽古要諦」というものを習います。
これは、太極拳を学ぼうとする者のための、ヒント・コツ・要領・ヒケツ・心構えといったようなものです。
具体的には、次のとおりです。

 気沈丹田 心静用意
 沈肩垂肘 身正体鬆
 内外相合 由鬆入柔
 上下相随 弧形螺旋
 主宰於腰 中正円転
 尾閭中正 源動腰脊
 含胸抜背 脊貫四梢
 虚領頂勁 三尖六合
 呼吸自然 速度均匀
 分清虚実 胯与膝平
 動中求静 眼随手転
 剛柔相済 手与肩平
(日本健康太極拳協会「太極拳稽古要諦」)

ほとんどの語が太極拳学習者には常識的に知られた言葉ですが、楊名時太極拳の教室を経験されていない方々には耳新しい言葉もあるかもしれません。
楊名時太極拳の教室では、1回の稽古で2つずつ(上記の1行目から順に)講義・解説し、12回で全部を説明するようにしています。たいていのカルチャーセンターの太極拳教室は3か月が1単位で、週1回の稽古が計12回あります。3か月通えば、全部の説明が聴けるようになっています。
こう書くと当たり前のようですが、楊名時先生の工夫が凝らされているシステムです。

先日、その内容を一般に公開する本が刊行されました。
『健康太極拳稽古要諦』(ベースボール・マガジン社)です。

その『健康太極拳稽古要諦』を読んでいると、「胯与膝平」(P.84)の節に「トラス構造」という言葉が出てきます。
お読みになった方、「トラス構造」って何だかわかりましたか?
これからお読みになる方、何かイメージが浮かびますか?

「歩幅が大き過ぎるか、あるいは股関節と膝が水平になるほど姿勢を低くすると、“揺襠”(ようとう)の欠点が露呈する。これは大腿筋の伸びすぎによって筋力が低下することと、大腿部が膝の上に乗らないためにトラス構造の基盤が成り立たないことによる」
(『健康太極拳稽古要諦』「壱 楊名時太極拳 稽古要諦」-「胯与膝平」より)


「トラス構造の基盤が成り立たない」って何でしょうか。

まず、Googleで「トラス構造」を検索しました。41万件を超えるページがヒットしましたが、やはり筆頭は「Wikipedia」でした。
で、そのページを開いて見ると、

「構造形式のひとつで、部材の節点をピン接合(自由に回転する支点)とし、三角形を基本にして組んだ構造である。材質としては木材や鋼鉄が使われることが多い。」
Wikipedia「トラス」より)

なるほど、三角形が基本である、部材の接合部分が「自由に回転する」ピン接合である、とあります。
部材同士をボルトとナットでガッチリ固定するのではなく、ピンという軸を中心に動ける(回転できる)ような構造である、と。
三角の形につながった三本の部材、各部材の両端に接合部があり、それは可動性があり、部材同士の角度が変わることで三角の形が変形しうる、ただし、部材が伸び縮みしないと実際には変形できませんが。
(構造計算のさいに節点をピン接合とみなして理想化する場合でも、実際の構造物で純粋なピン接合とすることは少なく、節点が事実上剛接合に近いものも多い←Wikipedia「トラス」)

大きな川に掛けられた鉄橋とか、大きなクレーンの梁(はり)の部分とかにこうした三角形を組み合わせたトラス構造を目にします。 それが人間の身体とどういう関係があるのでしょうか。
楊名時太極拳の教室に通われている方々は、ここでもう1冊の本を開くはずです。

「関節を伸ばしきらない、一見中途半端な角度を維持する理由のひとつは三角形のトラス構造を保ったまま動作するためである。さらには、このトラス構造を連結させて組み合わせ、動いている間もその連なりが破綻しない動作を本旨とする」
(『健康太極拳規範教程』(新版)「第3章 太極拳の特徴」P.83)


上記が書かれたページに、図3-38があります。
人間の腕の骨格を取り出した図です。上腕の骨と前腕の骨で、鈍角(90度より大きく180度より小さい角度)のVの字となり、ふたつの骨の間を筋肉がつなぐことで三角形(トラス)となります。
このような三角形(トラス)構造は腕だけではありません。脚部にもあります。腕と体幹部とのつながりもトラス構造であり、脚部と体幹部とのつながりもトラス構造となっています。
同じページの図3-37はそのこと、つまり人間の身体がトラス構造の組み合わせであることを示しています。

同じ図が『健康太極拳規範教程』の旧版にもありました。「第3章 太極拳の特徴」「第7節 手法・身法」の「(1)鈍角三角形の基本構造」のページです。
(新版)図3-37は(旧版)図3-7-1と、(新版)図3-38は(旧版)図3-7-2と同じ図です。

「姿勢における力学的基本構造は、複数の三角形が形成するトラス構造であり、三角形を多数組み合わせて連ねた複合螺旋(スパイラル)構造を構成する(図3-7-1)。
 基本コンポーネントとなる三角形は鈍角三角形であり、トラス構造の接合部分は関節に相当し、構造体は骨格であり、張りの部分が筋肉に相当する(図3-7-2)。」
[↑引用者が一部改変しています]
(『健康太極拳規範教程』(旧版)「第3章 太極拳の特徴」「第7節 手法・身法」)


トラス構造について、『健康太極拳規範教程』(旧版)(新版)両方の説明を確認したところで、当初の疑問に戻りましょう。

「トラス構造の基盤が成り立たない」の直前に「大腿部が膝の上に乗らないために」とあります。
つまり、姿勢を低くし過ぎると、膝を接合部とする三角形(すね~膝~大腿)が形成されないことを意味します。上半身の重さを筋力だけで支える状態になってしまうわけです。

トラス構造の考察は以上です。

ところで、人体の構造については、別の見方もあります。
「テンセグリティ構造」という考え方です。
Googleなどを使って調べてみると面白いですよ。 2011.8.11.

『健康太極拳稽古要諦』

編 著:
楊 進、橋 逸郎
出版社:
ベースボール・マガジン社
定 価:
1,800円+(税)

「「楊名時太極拳稽古要諦」は、父が古典文献から抜粋した太極拳練習者にとって秘伝にして必要欠くべからざる用法集である。内容の多くは楊式太極拳三代目伝人楊澄甫の「太極拳術十要」と上海の武術家 顧留馨老師(故人)の「太極拳姿勢要求」から引用されている」
(「あとがき」より)









『健康太極拳規範教程』(新版)

著 者:
楊 進、橋 逸郎
出版社:
ベースボール・マガジン社
定 価:
2,500円+(税)

「太極拳の健康法としての可能性は、現代社会のもっとも重要な課題である生活習慣病と高齢化対策にはとても親和性が高い。(中略)うまい話には必ず裏があるのが世の定め。太極拳といえども万能ではなく、どんなひとにも適合するとはいえないことだってあるのだが、その事実を的確に捉えた番組や記事は以外に少ないのが現状だ」 (「はじめに」より)











『健康太極拳規範教程』(旧版)

監 修:
楊 名時
著 者:
楊 進、橋 逸郎
出版社:
ベースボール・マガジン社
定 価:
2,400円+(税)

「人の顔がそれぞれ違うように、手足のバランスも人それぞれである。それゆえ、同じように楊名時太極拳を学んでいても人によりその型は千差万別であり、それが自然の法則でもある。(中略) 腕の長さが変われば、手の位置、高さ、動作のタイミング、すべてが変わらなければならない。そうでなければどこかに無理がくる。大切なのは外面でなく内面である。型(身)を学ぶ難しさがここにある。それを克服する方法は「理」と「道」を知ることである」)


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